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今月の鑑別室から 2009.01.30
過度に鉛ガラスが“含浸処理”されたルビーの耐久性
(株)全国宝石学協会 技術研究室?川野潤(理学博士)

 過度に鉛ガラスが“含浸処理”されたルビーが急速な広がりをみせており、AGLとJJAでもその開示規定の見直しにまで踏み込んだ議論が行われている。当研究室では、このような過度に鉛ガラスが含浸処理されたルビーの酸に対する耐久性と、処理による重量への影響を検討するために、強さの異なる2種類の酸への浸漬実験を行った。以下に詳細を報告する。

[はじめに]
ジェモロジィにおいても数度にわたって現状を報告してきたとおり※、鉛ガラスが含浸されたコランダムが急速な広がりを見せている。最近になって、処理の度合いが極めてひどいものが流通していることが報告され、2008年10月にはAGLもアラートを出して注意をうながしている。鉛ガラスが含浸されたルビーの耐久性に関してはGems & Gemology, Spring 2006 に包括的な記述があり、種々の薬品に対する耐久性についても報告されている。しかしながら、ここでは含浸された鉛ガラスの重量におよぼす影響については論じられていなかった。当研究室では、現在市場に流通している3 ct~5.5 ctのカボションカットされた鉛ガラス含浸ルビーを入手し(図-1)、含浸の程度をわけて系統的に強さの異なる2種類の酸に浸漬する実験を行って、外観の変化を観察するとともに、重量の変化についても検討した。

図-1:
過度に鉛ガラスが“含浸処理”されたルビー(左から5.003ct (A1), 4.862ct (B1), 5.492ct (C1))

[試料]
 実験にあたっては、最近流通している過度に鉛ガラスが含浸処理されていると思われるルビー約20ピースをDTC-DiamondViewTM(図-2)で観察することにより、便宜上含浸の程度が重度なものから順にA(重度)、B(中度)、C(軽度) の3グループに分類した。DTC-DiamondViewTMで紫外線蛍光像を観察すれば、蛍光の差異により表面付近の鉛ガラスの分布を知ることができるため、簡便に含浸の程度を分類することができる。
 Aグループのルビーの紫外線蛍光像には、鉛ガラスに対応する太いバンドがネットワーク状に広がっている一方で、BおよびCグループのものは細いラインが部分的に存在している(図-3)。ただし、偏光下ではいずれのグループのルビーも石全体が同じ位置で消光するほか、石全体を走るフラクチャーや双晶面が観察される(図-4)。このことから、AからCグループの違いは、単純にルビー単結晶へ含浸された鉛の量の差を示すものであると解釈できる。

図-2:
DTC-DiamondViewTMの外観
ダイヤモンドの研磨面に強い紫外線を照射することで、成長構造に対応する蛍光パターンを観察することができる。これによりダイヤモンドの天然・合成の判別をすることを目的として、DTCにより開発された(詳しくはジェモロジィ2008年10月号をご覧ください)。

図-3:
DTC-DiamondViewTMで観察した、表面における鉛ガラスの分布。紫外線による蛍光の違いにより、鉛ガラスの分布がわかる。以下の図中のA~Cはこの記号に対応する。

図-4:
最も含浸の度合いがひどいグループのルビーの偏光下での様子

 また、蛍光X線により、カボションカット頂部表面の組成分析を行ったところ、コランダム成分のほか、鉛がPbOとしてAグループのものに 13.0 ~ 8.0 wt%、Bグループには約4.5 ~ 2.5 wt%、Cグループには3.5 ~ 2.8 wt%検出された。この結果は、DTC-DiamondViewTMによる表面観察の結果とおおよそ整合的である。さらに、内部まで含浸した鉛ガラスの程度を確認するために、X線透過性検査(レントゲン検査)を行った (図-5)。写真で筋状に白く見えている部分が鉛ガラスで、このうち表面に露出した部分が紫外線蛍光像で観察される部分に対応している。詳細にみれば、BおよびCグループにはそれほど大きな含浸の差はない可能性もあるが、全体的にみて、AグループのルビーにはB、Cグループのものに比べて白い部分が多く、表面に露出している部分から見た傾向と一致している。このことから、DTC-DiamondViewTMは簡便に鉛ガラス含浸の程度を知る手法として有効であると言える。

図-5:
鉛含浸の程度を分類したグループごとのレントゲン写真

[実験結果]
○酸洗いの液による耐久性

 各グループから1ピースずつを選び、加工やリペアの過程で酸洗いの際に標準的に用いられる溶液(ピックリングコンパウンド [主成分;亜硫酸水素ナトリウム Na2HSO3] を50度程度のぬるま湯に規定量溶かしたもの)に浸漬し、外観や表面状態の変化を観察した。浸漬時間は、一般的な加工で長めに浸漬する場合を想定し、5分間とした。浸漬直後から、表面の鉛ガラスが溶け出して白い筋として見えるようになった。溶液から取り出して観察した結果、重量の減少は認められなかったが、表面の鉛ガラスが含浸されている部分が腐食され、溝として目立つようになるのが観察された (図-6)。
 一方、このような過程で表面が腐食されたルビーは、再研磨によって外観を復元することができる。最も腐食の度合いがひどいAグループのものでも、重量にして約2%再研磨すれば外観はほぼもとどおりになった (図-6)。

図-6:
酸洗いの液への浸漬(5分間)による外観の変化(A2, B2, C2)および実験後再研磨したものの外観(A2)

○フッ化水素酸による耐久性
 各グループから1ピースずつ、フッ化水素酸溶液(フッ化水素濃度46%)に浸漬する実験を行った。フッ化水素酸はガラスを腐食する性質をもつため、浸漬することによりルビーに含浸された鉛ガラスを溶け出させ、重量および外観の変化を調べることがこの実験の目的である。
 浸漬後時間がたつにつれ、実際に鉛ガラスが溶け出し、白い残留物が析出し始めるのが認められた(図-7)。3日後に溶液から取り出し、乾燥して観察したところ(図-8)、含浸されていた鉛ガラスが抜け落ちた後のフラクチャーが白く濁って見えるのが観察され (図-9)、含浸により透明度が大幅に改善されていたことがわかる。含浸の度合いの高いものほど白い部分が全体にわたって分布しており、もともとのルビーにフラクチャーや双晶面が多く含まれていることが確認できる (図-8)。最も含浸の度合いの高いAグループのルビーは部分的に崩れていたが、これは鉛ガラスが溶け出す際に密度高く存在しているフラクチャーや双晶面に沿って割れ、小片が脱落したものである可能性が高い。

図-7:
フッ化水素酸溶液への浸漬中の様子(1日後、左A3, 右C3)

図-8:
フッ化水素酸溶液への浸漬(3日間)による外観の変化(A3, B3, C3)

図-9:
フッ化水素酸溶液への浸漬により鉛ガラスが抜け落ちた後のフラクチャー (C3)

 また、特にA、Bグループのルビーには白い残留物が表面に付着していたが、このような残留物を完全に取り除いていない状態のままでも、実験後の重量は0.6 ~ 9.9%減少するのが認められた (表-1)。残留物を考慮すると、実際に鉛ガラスを含浸することによる重量の増加はこれ以上であると考えられる。
表-1:
フッ化水素酸溶液に浸漬したことによる重量の変化

[まとめ]
 現在市場に流通している鉛ガラスが含浸処理されたルビーを入手し、酸への浸漬実験を行って外観や重量の変化を調べた。その結果、加工やリペアの過程で酸洗いの際に標準的に用いられる溶液への浸漬によって、表面がわずかに腐食された。ただしこのような腐食による表面状態は、わずかな再研磨によってもとどおりに復元することができる。また、フッ化水素酸溶液へ浸漬させて鉛ガラスを溶解させた結果、はっきり重量が減少することが認められ、処理の程度がひどいものでは減少の程度が10%近くにも及ぶものがあった。
 これらの結果から、鉛ガラスが含浸処理されたルビーは、その処理により重量が増加しており、酸にも腐食されやすいことが確認された。現在市場には、鉛ガラスがさまざまな程度に含浸処理されたルビーが流通しており、今後一層の注意が必要であろう。

※鉛ガラス含浸処理コランダムに関する報告
鉛ガラスが含浸されたブラック・スター・サファイア
鉛ガラスが含浸されたルビー ~最新事情~
鉛ガラスが含浸されたルビー


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