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◇顕微ラマン分光分析による特徴
 顕微ラマン分光分析は空間的分解能に優れており、宝石中の包有物を非破壊で同定するのに有効です。したがって、ルビーやサファイアの原産地の判断に役立ち、間接的に加熱の履歴の鑑別に寄与します。また、コランダム中のジルコン結晶からのラマンスペクトルは加熱によって変化することが知られており、直接的に加熱の判定に用いることも可能です(
図-14)。加熱後に見られるスペクトルは実際にはフォト・ルミネッセンスでジルコンの結晶が非晶質のシリカとジルコニウムに分解するためと思われます。

図-14:
ジルコンinc.のPL法分析

◇レーザー・トモグラフィによる特徴
 レーザー・トモグラフは細く絞ったレーザー・ビームをサンプル中の一定のレベルでゆっくりと走査しながら、内部の断層写真(トモグラフィ)を撮影するもので、結晶の不均一性を三次元的に捉えることができます。レーザー源には各種の波長を選択することが可能ですが、このトモグラフには波長488nmのアルゴンイオン・レーザー(青色)が適しています。トモグラフによって顕微鏡下では発見が困難な結晶欠陥などの散乱像が明瞭に捉えられるだけではなく、アルゴン・レーザー(青色)により励起される蛍光像(青色より波長の長い緑色、黄色、オレンジ色、赤色など)の観察も期待できます(
図-15)。

図-15:
レーザー・トモグラフによる観察

 GAAJラボで行ってきた加熱実験の結果やこれまでの実務経験から、加熱することによって発生したディスロケーション(線状欠陥)が、レーザー・トモグラフでは容易に捉えることが可能で、またブルー・サファイアは加熱によって赤色蛍光の強度が増す傾向にあることが判っています(図-16)。

図-16:
加熱によるレーザー・トモグラフィの変化(ブルー・サファイア)

 図-17は日本国内で市場性が最も高いMong Hsu産ルビーの非加熱と加熱の典型的なトモグラフィです。非加熱ルビーのトモグラフィは分域境界が不明瞭であるのに対し、加熱されたものはシャープな分域境界を示しています。

図-17:
ルビーのレーザー・トモグラフィ

 図-18は典型的なギウダを加熱したブルー・サファイアのトモグラフィです。非加熱には見られない非常にシャープな分域境界が蛍光像として捉えられています。

図-18:
ブルー・サファイアのレーザー・トモグラフィ


◆加熱の履歴に関する鑑別の限界
 数年前、ミャンマーのMong Hsu地区に産出したルビーのいわゆる低温加熱の鑑別が問題となりました。当時、海外の鑑別ラボの“No indications of heating”(加熱の痕跡は認められません)のレポートが付けられたルビーが大量に日本国内に持ち込まれましたが、実際にはこれらの一部は低温での加熱(1000℃以下?)が施されていました。Mong Hsu地区から産出するルビーは中心に青色の色帯を有しており、通常、この余分な色味を除去するために加熱されています。したがって、青色色帯のあるものは、当初、非加熱と考えられていました。しかし、その後の研究において、1000℃未満の低温加熱ではこの青色色帯は消滅しないことがわかってきました。
GAAJラボでは赤外分光(FTIR)分析により、摂氏約500〜600度以上の熱に晒されたMong Hsu産ルビーの鑑別が可能であることを実証しました(
図-18)。さらにレーザー・トモグラフの観察では、このような検出限界に近い、またそれ以下での低温加熱についても看破できる可能性があり、不断の研究を行っております。
 現在、ラボ・マニュアル調整委員会(Laboratory Manual Harmonization Committee, LMHC)ではラボにおける用語の調整を行っておりますが、コランダムの加熱・非加熱の看破についてもガイドラインを決め、異なる鑑別結果が生じないよう努めています。
 宝石の産地や処理などを鑑別する目的での、国際宝石鑑別ラボ同士の共同研究や情報交換、実地経験などの相互交流はますます必要とされ、宝石業界や消費者に科学的な確証と信頼性を与えるべく努力は不可欠です。

※LMHCは次の7つのラボにより構成されている:AGTA-Gem Testing Center (アメリカ)、CISGEM(イタリア)、全国宝石学協会技術研究室(日本)、GIA-Gem Trade Laboratory (アメリカ)、GIT-Gem Testing Laboratory (タイ)、Gübelin Gem Lab (スイス)、SSEF Swiss Gemmological Institute (スイス)

◆まとめ
 ルビーやサファイアの加熱の履歴に関する鑑別には詳細な内部特徴の観察が重要となります。多くの結晶インクルージョンはコランダムより低い融点のため、加熱により融解したり、変色したりします。また、紫外−可視領域、赤外領域の分光分析もコランダムの加熱の履歴に関して重要な情報を提供してくれます。特に赤外分光ではコランダムの産地によってその特徴が異なるため、産地情報やオペレーターの解析能力が不可欠です。また、顕微ラマン分光分析は間接的・直接的に加熱の履歴の判断に役立ちます。さらにレーザー・トモグラフィは加熱の履歴の判断に有効で、特にMong Hsu産ルビーやギウダを加熱したブルー・サファイアの判別には他の手法では検出限界に近い、またそれ以下での低温加熱についても看破できる可能性があります。





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