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今月の鑑別室から 2010.03.29
メレサイズのCVD合成ピンク・ダイヤモンドの鑑別
株式会社 全国宝石学協会 技術研究室
北脇裕士(FGA, CGJ)、阿依アヒマディ(理学博士, FGA)、川野 潤(理学博士)、岡野 誠(FGA, CGJ)

 今回、48ピースのCVD合成ピンク・ダイヤモンドの鑑別を行った。これらはほとんどが0.2ct 以下で、CVD法で合成後、HPHT処理が施され、さらに放射線照射と低温下でのアニーリング(焼きなまし)によって形成されたN-Vセンタが色の原因であることがわかった。拡大検査における黒色微小包有物および交差偏光下における筋状模様の歪複屈折などの宝石学的特徴、赤外分光分析における3150-2700 cm-1領域に現れる吸収、フォト・ルミネセンス(PL)法による発光スペクトルおよびUV・ルミネッセンスとカソード・ルミネッセンス(CL)法による成長層の観察などを組み合わせることにより、CVD合成ピンク・ダイヤモンドを天然ピンク・ダイヤモンドと識別可能である。

◆はじめに
 1990年代に入って、合成ダイヤモンドが宝石市場に流通するようになり、業界関係者にもその存在は広く知られるようになった。しかし、これらはほとんどがHPHT(高温高圧)法で合成されたものであり、公表されている鑑別方法もHPHT法に必然的な成長環境や結晶形態に依存している。
 2003年8月に米国のマサチューセッツにあるApollo Diamond Inc.がCVD法で合成したダイヤモンドを宝飾用に販売する計画を明らかにして以降(Priddy 2003)、宝石業界においてもCVD合成ダイヤモンドが注目されるようになり、宝石学文献にも登場するようになった(Wang et al., 2003, 2007, Deljanin et al., 2003, Martineau et al., 2004)。2007年以降、国際的な宝石ラボの鑑別およびグレーディング実務に供せられたCVD合成ダイヤモンドの報告が散見されるようになった。
 天然のピンク・ダイヤモンドは、そのほとんどがオーストラリアのアーガイル鉱山から産出するタイプIのカテゴリーであるが、これらは近年露天掘りから地下採掘へと工法が変換され、コスト高による価格上昇が懸念されている。孤立した置換型窒素を含有するダイヤモンドを照射とアニール処理することにより、人為的にN-V(窒素と空孔との組合せ)センタに由来するピンク色を生み出すことが可能で、原材料にはこれらの要素を有する天然およびHPHT合成ダイヤモンドが利用されている。

図-1:
48ピースのCVD合成ピンク・ダイヤモンド(0.01ct〜0.27ct)

◆サンプルと分析方法
 HPHT処理が施された天然ダイヤモンドという触れ込みで、合計48ピースのピンク・ダイヤモンドが色の起源の検査のためGAAJ-ZENHOKYO Laboratoryに供せられた(図-1)。これらはすべてラウンド・ブリリアント・カットが施されたルースであった。これらのうち、0.20-0.25ct程度のものが6ピース、0.10-0.19ct程度のものが7ピース、0.10ct以下のものが35ピースであった。したがって、本研究において0.2ct以下を便宜上メレサイズと定義すると42ピースがメレサイズの範疇に入る。
 外部特徴および内包物の観察にはオリンパス製の双眼実体顕微鏡SZ-SDJを用いた。紫外線蛍光の観察にはマナスル化学工業製の長波紫外線ライト(365nm)と短波紫外線ライト(253.6nm)を用いて完全な暗室にて行った。紫外‐可視分光分析には島津製作所製の自記分光光度計UV2400を用いた。測光範囲は220〜860nmで測定は室温で反射法を用いて行った。赤外分光分析には島津製作所製 IR Prestige-21を用いた。分析範囲は5000-400 cm-1、分解能は1.0 cm-1で、50回の積算回数で測定した。PL分析にはRenishaw製 inVia Raman MicroscopeとRenishaw製 Raman system-model 1000を用いて液体窒素に浸漬した状態で分析を行った。前者にHe-Ne(ヘリウム-ネオン)の 633 nm波長の赤色レーザー とHe-Cd(ヘリウム-カドミウム)の325 nm波長の紫外線レーザーを搭載し、後者の場合は励起源がAr(アルゴン)イオンの514.5 nm波長の緑色レーザーを掲載した。ともに630-850、520-800 と300-800 nmの範囲内で測定を行った。UV・ルミネッセンス像の観察にはDTC製のDiamondViewTMを用いた。CL像の観察にはPremier American Technologies Corp.製のLuminoscope ELM-3Rを使用した。

◆標準的な宝石学的検査
◇クラリティおよびカラー
 48ピースのうち、0.1ct程度以上の13ピースについてクラリティおよびカラー・グレードを行った(日本国内におけるJJA/AGLの規定では、合成ダイヤモンドのグレーディングは行わない)。クラリティ・グレードはVVS-2に3ピース、VS-1に4ピース、VS-2に3ピース、SI-1に2ピース、SI-2に1ピースがグレードされた。カラー・グレードはFancy Intense orangey pink〜Fancy pinkish orangeで、概して彩度の高い色調であった。アーガイル鉱山産の天然ピンク・ダイヤモンドはpurplishやbrownishの二次色を伴うことが多いが、これらの検査石と同系色のものもある。

◇拡大検査
 検査したほとんどすべてのサンプルに少数のピンポイントが観察され(図-2)、これらがVVS-2以下のクラリティの要因となっている。これらを拡大すると黒褐色の不定形で、非ダイヤモンド構造炭素と考えられる。また、ピンクの色調は石全体でほぼ均一で顕著な色むらは観察されなかった。複数のサンプルのクリベージ(この要因によりクラリティはSI以下となる)に黒色のグラファイト化(図-3)や研磨で取り残した結晶成長面にエッチングによる摺りガラス状の模様(図-4)が認められた。これらの特徴はHPHT処理が施されたダイヤモンドに見られる特徴と同様のもので、CVD合成後にHPHT処理が施されたことを強く示唆する。
 タイプIの天然ピンク・ダイヤモンドには、しばしばエッチングの痕跡が認められ(図-5)、ほぼすべてに“ピンク・グレイン”と呼ばれる色帯が認められる。また、放射線照射処理が施されたピンク色のHPHT合成ダイヤモンドには、しばしば金属インクルージョンが認められる(図-6)

図-2:
多くのサンプルに見られる黒色ピンポイント。
図-3a,b:
CVD合成ピンク・ダイヤモンドのクリベージに見られた黒色のグラファイト化の痕跡。
図-4:
CVD合成ピンク・ダイヤモンドの成長面に見られたエッチングによる摺りガラス状の模様。
図-5:
天然ピンク・ダイヤモンドにしばしば見られるエッチングの痕跡。
図-6:
HPHT合成ピンク・ダイヤモンドに見られる金属内包物。

◇歪複屈折
 今回観察したCVD合成ダイヤモンドのほとんどに、特徴的な筋模様の歪複屈折が観察された。これらは結晶の成長方向に平行に伸びたもので、結晶成長時の線状欠陥(ディスロケーション)によるものと思われる(図-7)
 天然ピンク・ダイヤモンドに見られる歪複屈折は塑性変形に由来するもので、ほとんどのものには高次の干渉色を伴った歪みが“ピンク・グレイン”に伴って観察される(図-8)。稀産なタイプIIの天然ダイヤモンドには“タタミ・マット”構造と呼ばれる畳の目のような歪みが認められる(図-9)。CVD合成ダイヤモンドはタイプIIaのカテゴリーに属するが、この“タタミ・マット”は見られない。ただし、CVD合成ダイヤモンドでも成長方向と異なる方向から観察すると、一見“タタミ・マット”のように見えるので注意を要する(図-10)

図-7:
CVD合成ダイヤモンドの交差偏光下において見られる特徴的な筋模様の歪複屈折。
図-8:
天然ピンク・ダイヤモンドに見られる高次の干渉色を示す歪複屈折。
図-9:
タイプIIの天然ピンク・ダイヤモンドの交差偏光下で見られる特徴的な“タタミ・マット構造”
図-10:
CVD合成ピンク・ダイヤモンドの交差偏光下で見られる“タタミ・マット”のような歪複屈折。
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