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今月の鑑別室から 2010.01.06
天然カバンサイトと天然ペンタゴナイト
株式会社 全国宝石学協会 技術研究室
小林 泰介(FGA,GIA.GG,CGJ)
阿依 アヒマディ(理学博士,FGA)

カバンサイトとペンタゴナイトは、一般に彩度の高い青色の柱状結晶として産出する、鉱物の収集家の間で人気の高い鉱物種である。両者は近年、宝飾品用にカットされるようになり、外観や化学組成が酷似していることから、正確な鑑別の必要性が生じてきた。今回は両者の鉱物学的および宝石学的特性と、両者の識別に有効と思われる特性を紹介する。


図-1:
カバンサイト(左)とペンタゴナイト(右)の原石とカット石

 カバンサイトとペンタゴナイトは、一般に彩度の高い青色の柱状結晶として産出する、鉱物の収集家の間で人気の高い鉱物種である。両者は近年、宝飾品用にカットされるようになり、外観や化学組成が酷似していることから、正確な鑑別の必要性が生じてきた。今回は両者の鉱物学的および宝石学的特性と、両者の識別に有効と思われる特性を紹介する。 カバンサイト(Cavansite)とペンタゴナイト(Pentagonite)は、いずれも1973年に新しい鉱物種としてIMA(国際鉱物学連合)によって承認された比較的歴史の浅い鉱物である。ともに化学組成はCa(VO)Si4O10・4H2Oとなっており、両者は同質異像(多形)の関係にある。ともにc軸<001>方向に伸長する斜方面を伴う柱状の結晶として生成されるが、小さな結晶の集合として生成されるのが一般的である。(図-1)
 カバンサイトは、1960年代にアメリカのオレゴン州で発見されたものが始まりで、化学組成分析の結果、Ca(カルシウム)、V(バナジウム)、Si(珪素)が主成分であることが分かり、それらの元素名の英語表記であるCalcium、Vanadium、Siliconの頭部からCavansiteと命名された。(和名においても、各元素名のカタカナ表記の頭文字を取った「カバンシ石」という名称が定着している。)
 さらに、同州からカバンサイトに外観がよく似た青色の柱状鉱物が発見された。その鉱物はカバンサイトと化学組成が同じであるが、解析の結果、結晶構造はカバンサイトと異なる種類であることが分かった。また、その鉱物の結晶の一部に星形の断面を示す(図-2)という特筆すべき特徴があることから、ギリシャの語の「五角形」に因んでPentagonite(和名においては「ペンタゴン石」)と命名された(Staples et al.,1973)。

図-2:
ペンタゴナイトの星形双晶の断面

 発見当初はアメリカのみでしか産出されていなかったため、両者は希少な鉱物種であるとされてきたが、1980年代頃からインドのマハーラーシュトラ州からもカバンサイトが産出されたことにより、入手が容易になってきた(Powar et al.,2001)。その後、ペンタゴナイトも同州で産出されるようになったが、カバンサイトほど流通量が多くないため、現在でもなお希少な鉱物とされている。
 両者はともにフィロ珪酸塩鉱物に属し、両者の間では層状に配列するSiO4四面体の結合状態に違いがある。カバンサイトはSiO4四面体の結合が四環と八環の組み合わせになっているのに対し、ペンタゴナイトはSiO4四面体の結合が六環の結合になっている。SiO4四面体の層状構造の間隙にCa、Vの原子および水分子が配列された構造になっている(Evans,1973)。
 さらに、両者には結晶に含まれる水分の状態にも違いがあり、ペンタゴナイトの結晶構造中の水分はすべて分子(H2O)として存在しているのに対し、カバンサイトは結晶構造中の水分子の一部がハイドロニウムイオン(H3O+)と水酸基(OH-)の状態で存在していることが明らかになった。一定圧力下の条件で高温になると、水中のハイドロニウムイオンの存在比率が急激に低くなる性質から、カバンサイトはペンタゴナイトの場合よりも低い温度条件で生成されたと考えられるようになった(Ishida et al.,2009)。
 Michael O'Donoghue氏(英国宝石学協会)によって新たに監修された『Gems』第6版において、宝石種の各論にて新たにカバンサイトの項目が追加されていることから、近年カバンサイトが宝飾品用にカット石として扱われるようになってきたことがうかがえる。カバンサイトはモース硬度が低いことから、宝飾品用にカットされる際はカボションカットが一般的である。ここでは、宝飾品として扱われているカバンサイトを、外観が酷似しているペンタゴナイトと混同しないことが肝要である。そこで、今回は原石及びカット石を用いて、カバンサイトとペンタゴナイトの宝石学的特性の比較を行った。

■カバンサイトとペンタゴナイトの識別
◇拡大観察

 今回のカバンサイトとペンタゴナイトの原石サンプルはともにインド産のものであり、ペンタゴナイトのサンプルには母岩を伴っている(図-1)。母岩には無色の平板状結晶が晶出されており、これらはラマン分光分析の結果、ヒューランダイト(輝沸石 Heulandite)と同定された。
 カバンサイトとペンタゴナイトの結晶はともに彩度の高い青色を呈しているが、結晶を二色鏡で観察すると、両者はともに顕著な多色性を示すことが分かる。(図-3)
 両者は柱状結晶の集合の状態にもわずかな違いがあるようである。カバンサイトの場合は個々の柱状結晶の成長が比較的均一で、柱状結晶が密集した球状の放射集合が形成される傾向があるのに対し、ペンタゴナイトは扁平した柱状の単結晶と星型の双晶とが共存し、放射状や樹木状の集合体として形成される傾向がある。
両者の識別には一つひとつの結晶の形態を注意深く観察することが重要である。両者は柱状結晶の頂部に形成される斜方面の外観が異なる。カバンサイトの場合は{101}面が形成されるのに対し、ペンタゴナイトは{201}面が形成される。その結果、ペンタゴナイトの斜方面の傾斜がカバンサイトの斜方面より鋭くなっている(図-4)。
 ペンタゴナイトは結晶構造の{110}面に平行に分布するSiO4四面体の一角の酸素原子を共有する結果として、斜方柱面{110}面を共有する形で双晶が形成しやすい(Evans,1973)。そのため、ペンタゴナイトには五稜の星型双晶が形成される。

図-3:
カバンサイト(左)とペンタゴナイト(右)の一般的な結晶形態
図-4:
カバンサイト(左)とペンタゴナイト(右)の結晶には顕著な多色性がある

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