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今月の鑑別室から 2009.03.12
天然オンファサイト
株式会社全国宝石学協会 技術研究室
岡野 誠(FGA, CGJ)、北脇裕士(FGA, CGJ)、阿依アヒマディ(理学博士、FGA)、川野 潤(理学博士)

 ここ数年、香港や中国の宝石市場に濃緑色~黒色の“ヒスイ”が流行するようになり、日本国内でも見られるようになった。これらはしばしば“ブラック・ジェード”あるいは“インキー・ジェイダイト・ジェード”と称されているが、鉱物学的にはジェイダイトではなく、オンファサイトである。
以下にその背景とオンファサイトの宝石学的特徴を紹介する。

◆はじめに
 宝石素材なるジェイダイトは単一の結晶ではなく、ジェイダイト(ヒスイ輝石)が繊維状~粒状に集合した岩石である。また個々のジェイダイトの結晶も固溶体を形成するため、一口にジェイダイトといってもその色調、化学組成や組織は一様ではない。宝石素材に供される“ジェイダイト”の中には多種鉱物を多量に含有するものや、化学組成的にジェイダイトとは呼べないものも含まれている(福島2000)。ここ数年、香港や中国の宝石市場において濃緑色~黒色の“ジェイダイト”が流行するようになったが、これらは鉱物学的にはオンファサイト(図-1)である(Ou Yang et al. 2003)。日本国内においてもこの濃緑色~黒色のオンファサイトが“ジェイダイト”として輸入されているケースが多々あり、流通での混乱はもとより、遡って鑑別の現場においても正しく理解されていないことが危惧される。

図-1:
オンファサイト
図-2:
ジェイダイト

◆オンファサイトの鉱物学的分類
オンファサイトは、「熟していないぶどう」という意味から名付けられた鉱物である。しかし、岩石や宝石素材の多くは濃緑色~黒色を示し、語源から連想されるような淡色のものは稀である。そのため、もともとこの名で呼ばれていたものはプレーナイトやクリソプレーズであると考える人もいる(Caley and Richards, 1956)。「エクロジャイト」と呼ばれる地下深くの高い圧力で生成した岩石があるが、これはガーネットの赤色とともに、オンファサイトの緑色が印象的である。またオンファサイトは、ダイヤモンド中にインクルージョンとして含まれることもある。
 鉱物学的には、オンファサイトはジェイダイトと同様、輝石グループに属する。ジェイダイトが理想化学式NaAlSi2O6で表されるのに対し、オンファサイトはジェイダイトのNa(ナトリウム)成分がCa(カルシウム)に置換し、Al(アルミニウム)成分がMg(マグネシウム)、Fe(鉄)に置換したものであり、(Na, Ca)(Al, Mg, Fe)Si2O6という化学式で表される。これらを分類するにはNaとCaの比およびAlとFeの比が用いられ、Na/( Na + Ca )の値が0.2から0.8の間で、Al/(Al+Fe+3)が0.5以上であればオンファサイトと定義されている(Clark and Papike, 1968)。Na/( Na + Ca )の値が0.8以上であれば、ジェイダイトとなる。現在でも、このような化学組成によって鉱物種が分類されている(Ou Yang, et al., 2003.など)。化学組成による輝石の分類を、図-3に示す。
 また、ジェイダイトのAl成分はCr(クロム)にも置換され、ミャンマー産などに見られる緑色の原因となっているが、Crへの置換が進み、Al成分よりも多くなったものを、コスモクロアという。

図-3:
化学組成による輝石の分類(「翡翠展」図録(国立科学博物館)を改変)

◆宝石学的特徴
 ジェイダイトとオンファサイトの宝石学的な相違を表-1にまとめた。

表-1:
ジェイダイトとオンファサイトの一般鑑別特徴

1. 色相・・・ジェイダイト(図-2)は通常Cr着色による鮮やかな緑色であるが、オンファサイトはCrよりもFeが優勢な濃緑~黒色が一般的である(図-1)。ただし、黒色とは言ってもファイバー光源などの強い光で透過させると実際は濃い緑色であることがわかる(図-4)。
2. 屈折率・・・ジェイダイトの理論値は1.64-1.69、オンファサイトの理論値は1.66-1.72でオンファサイトの方が特性値は高いが、実際の商品ではカボション・カットに加工されていることが多く、小数点以下3桁までの正確な値は測定できない。スポット法による屈折率測定ではジェイダイトが1.66前後、オンファサイトが1.66前後からそれ以上であることが多い。
3. 拡大検査・・・ジェイダイトは“繊維状組織”と呼ばれる多数の結晶が集合した様子が観察できる(図-5)。これに対し、オンファサイトは繊維状組織が不明瞭であり、宝石顕微鏡下では極めて微細な粒状構造を呈する(図-6)。
4. 分光検査・・・緑色のジェイダイトは通常クロム着色のため、ハンディ・タイプの分光器で690nm付近にクロム・ラインと呼ばれる吸収線が観察できる。また、ジェイダイト・ラインと呼ばれる鉄に起因する吸収線が437nm付近に観察できる。これに対し、オンファサイトではクロム・ラインは観察できないか、もしくは不明瞭であり、ジェダイト・ラインはハンディ・タイプの分光器ではカット・オフされていて観察できない。

 このように一般鑑別において、ジェイダイトとオンファサイトではいくつかの差異が見られる。ただし石によっては判断の難しいものも存在するため、両者を明確に区別するためには分析機器を用いたより高度な分析が必要となる。

図-4:
黒色のオンファサイトは強い透過光の下によって実際は濃い緑色であることがわかる
図-5:
ジェイダイトは“繊維状組織”と呼ばれる多数の結晶が集合した様子が観察できる
図-6:
オンファサイトは極めて微細な粒状構造を呈する

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