>>Topへ戻る >>「Research Lab. Report」タイトルリストへ戻る

Research Lab. Report 2006.06.27
Be拡散処理ブルー・サファイアの現状
全国宝石学協会 技術研究室:北脇裕士(FGA, CGJ) 、阿依アヒマデイ(理学博士)
 海外の情報誌や事情通の間でBe拡散処理ブルー・サファイアが話題にのぼっている。これらは昨年の後半からタイのチャンタブリで一部の加熱業者によって導入された新しい加熱処理によるもので、バンコクの宝石鑑別ラボで確認され警鐘が鳴らされている。日本国内にも持ち込まれ始めているが、量的にはごくわずかであり、円形状の特徴的な内包物でそれと気づき、LIBSやLA-ICP-MSで確認することができる。

背景
 一昨年9月に鑑別表記のルール改定が行われ、コランダムについては大きな変更と新たなカテゴリーが設けられた。このきっかけになったのが、2002年以降突如として出現したBe拡散処理されたオレンジ/ピンク・サファイア(パパラチャ・カラー)である(Scarratt K. 2002)。当初は輸出国側から一切の情報開示がなく、“軽元素の拡散”という従来にはなかった新しい手法であったことから、鑑別ラボも業界としての対応も後手を踏む結果となった。その後の研究によってある程度の理論的究明には進展が見られたが(Shida, et.al., 2002; Pisutha-Arnond, et.al., 2002など) 、Be(ベリリウム)の検出にはSIMSやLA-ICP-MSなどのこれまでの宝石鑑別の範疇を超えた高度な分析技術が必要となり、今後の鑑別技術のあり方を問われる結果となった。
 さて、今年の初め頃からバンコクのマーケットではBe拡散処理されたブルー・サファイアが見られるようになり、宝石業界の新たな脅威となりつつある。Gem Research Swiss lab (GRS)では2005年の11月にBe拡散処理ブルー・サファイアを確認しており、今年の初め頃より増加の傾向にあると報告している。日本国内でも少数ながら発見されており、有限責任中間法人宝石鑑別団体協議会(AGL)では各会員機関に注意を呼びかけている。

Be拡散による色変化のメカニズム
 Be拡散による主な色変化は2価の元素であるBeがコランダム中の3価のAl(アルミニウム)を置換することによって生じるtrapped holeカラー・センタによって黄色が生じることによって説明がなされている(Emmett,et.al.2003)。したがって、特にイエロー系のサファイアは加熱・非加熱あるいはBe拡散処理の識別が極めて困難な現状である。しかし、Be拡散による主な色変化は単純ではない。コランダム中に含まれるBeの絶対含有量だけでなく、その他の微量元素の含有量にも影響を受ける(例えば、SiやTiなど)。[Mg2++Be2+]>[Ti4++Si4+]の場合は、Be2+やMg2+によるtrapped holeが形成し、黄色を生じると考えられているが、逆に [Ti4++Si4+]>[Mg2++Be2+]の場合、より多くの電子提供イオンが存在し、Be2+やMg2+に関連したtrapped holeを破壊し、黄色は形成されないようになる。また、ブルー・サファイアの色の原因はFe2+/ Ti4+の電荷移動によるとされているが、酸化雰囲気においてBe2+が添加されると、Fe2+ はFe3+に変化し、Be2+はFe2+よりも先にTi4+と結びつき電荷補償の関係を形成する。Be2+/ Ti4+は着色に関与しないため、ブルー・サファイアにBeがある程度以上添加されるとブルーの色が著しく軽減することになる。

国内外での対応
 Gem Research Swiss lab (GRS)では昨年末以来100ピース以上のBe拡散処理ブルー・サファイアを確認しており、5〜10ctの範囲のものがもっとも多く、スリランカあるいはマダガスカル産であると報告している(www.gemresearch.ch)。Asian Institute of Gemological Sciences(AIGS)では今年の2月にチャンタブリで加熱されたという56ピースのブルー・サファイアがBe拡散加熱処理であったとし、その詳細な内部特徴を報告している(www.aigslaboratory.com/aigsbeblue.php)。LMHC(Laboratory Manual Harmonization Committee)では2006年3月2日にGem and Jewelry Institute of Thailand(GIT)の強い要請によりバンコクで緊急会議を行った。全国宝石学協会(GAAJ)ラボからは阿依アヒマディが参加し、GIA、AGTA、GITのスタッフと現状報告を行い、今後の技術的対応について話しあった。会議の席上にはAIGSの研究者とバンコクおよびチャンタブリの加熱技術者も招聘されている。この会議の後、AGTAでは長時間もしくは高温での加熱の兆候が観察された場合、LIBSなどのより高度な検査を行うとその鑑別におけるポリシーを公表している(www.agta-gtc.org)。 Thai Gem and Jewelry Traders Association(TGJTA)、Chantaburi Gem and Jewelry Traders Association(CGA)とGem and Jewelry Institute of Thailand(GIT)は2006年2月23日付でBe拡散処理ブルー・サファイアを直ちに宝石市場から除外するよう協力し合うとの告知を行っている。
 日本国内においても、いち早くこの問題について検討されている。AGLでは色石委員会を中心に情報収集を行い、その鑑別特徴などについての意見交換がなされ、すべての会員機関には情報伝達がなされている。社団法人日本ジュエリー協会(JJA)でも宝石部会色石真珠分科会を中心にこの問題について議論され、会員に告知されている。また、タイの複数の業界団体に対して、Be拡散処理ブルー・サファイアを取り扱う際には情報開示を徹底することを要請している。

Be拡散処理ブルー・サファイアとは
 Beが検出されるブルー・サファイアはその要因として以下の2つの可能性が推定されており、故意に添加されたものか、偶発的に含有したものかについての議論がなされている。
1)Be拡散処理を行った炉を利用した場合あるいはアルミナ・セラミック製のルツボを再利用したために汚染されたもの…
 LA-ICP-MSの分析においても検出されるBeは1ppm以下であり、色調には影響を与えないであろうと考えられる。今後、このようなケースでの偶発的と思われるものについての対応とその検出限界についての世界的なコンセンサスが必要である。
2)色の変化を目的に故意にBeを添加して拡散加熱処理を行ったもの…
 バンコクで行われたLMHCの緊急会議において、ある加熱技術者が色を変化させる目的で故意にBeを添加して加熱する手法について報告している。これによると、還元雰囲気でマダガスカル産およびスリランカ産ギウダを加熱した際に5%程度のものが濃くなりすぎ、それを淡色化するためにBe拡散処理を行っている。また、一部のものは透明度の改善のためにBe拡散処理を行い、その後に還元雰囲気で再度加熱する場合もあるらしい。このような手法はチャンタブリのごく一部の加熱技術者が開発したものでそのノウハウは他の技術者には伝わっていないと推測される。GITやAIGSなどのバンコクの鑑別ラボで確認したBe拡散処理ブルー・サファイアはこのタイプであると考えられる。

GAAJラボでは
 全国宝石学協会(GAAJ)ラボでは2006年の2月から5月にかけて、およそ10ピースのBe拡散処理ブルー・サファイアを確認している(写真-1)。これらは最大で7ct、たいていは1〜2ctであった。ほとんどのものはマダガスカル産と推定されたが、タイ産らしきものも1ピース見られた。
 LA-ICP-MSで分析すると、これらのBe拡散処理されたブルー・サファイアからは数ppm〜10数ppmのBeが検出されており、色の改変を目的に意図的に添加されたものと考えられる。
 クライアントに問い合わせると、バンコクでブローカーから購入されたものが多く、特に安く仕入れたわけではなく返品は可能とのことであった。ほとんどが今年に入って購入されたものであったが、昨年の9月に仕入れられたものもあった。

写真-1:
Be拡散処理ブルー・サファイア(左から2.690ct, 0.995ct)

次のページ

Copyright ©2006 Zenhokyo Co., Ltd. All Rights Reserved.