>>Topへ戻る >>「Research Lab. Report」タイトルリストへ戻る

平成17年度“宝石学会(日本)”講演会から 2005.10.31
紫外線レーザーを用いた顕微ラマン分光法及びフォト・ルミネッセンス分析法の有機宝石への有効利用
技術研究室 伊藤映子(FGA)、伊藤由貴
 本報告は平成17年度宝石学会(日本)の一般講演で発表した内容を一部加筆修正したものである。

 ラマン分光法とは、物質に単色光を当てた際に発生する、光源の波長とは異なる波長をもつ散乱光、すなわちラマン散乱を測定して物質の同定や分子構造の研究を行う近代的な手法の一つである。近年、宝石鑑別の分野においてもその有効性が着目され実用化されている。とりわけ顕微ラマン分光装置(写真−1)ではレーザーを用いた微小領域の分析が可能で、宝石内部のインクルージョンを非破壊で分析することができ、産地同定などに有効な情報が得られる。一方、ラマン分光を測定する際には物質から生ずる蛍光も同時に測定され、こちらはフォト・ルミネッセンス分析法としてHPHT処理の看破など、ダイヤモンドの構造欠陥を検出する上での重要な指標となっている。また、これらの発光分析においては、試料が最も高感度に反応する波長の光を励起光に適用するのが一般的であり、これまでは514nmのアルゴン・イオン・レーザーが励起光として最も多く使用されてきた。

写真-1: 顕微ラマン分光装置

 本稿では、真珠などの有機宝石の鑑別においては紫外線蛍光検査から様々な情報が得られることに着目し、325nmの紫外線レーザーを励起光としたラマン分光法ならびにフォト・ルミネッセンス法の有機宝石への利用を新たに検討した。さらに励起光を633nmの赤色光に変え、同様にその有効性を模索した。なお、325nmの励起光にはヘリウム−カドミウム・レーザー、633nmの励起光にはヘリウム−ネオン・レーザーを使用している(図−1)。ここに白色系真珠の母貝鑑別、各種母貝の貝殻ならびに産出真珠の真珠層含有色素、加温・漂白など一般的な加工や処理などの影響について検討し、若干の知見を得たので報告する。

図−1: フォト・ルミネッセンス分析の励起波長(RENISHAW社カタログより抜粋)

◆ホワイト系真珠の母貝鑑別◆
 真珠の地色は主として真珠層のコンキオリンに含まれている微量の色素によって発現する。アコヤガイやシロチョウガイの黄色、クロチョウガイの緑色などはポルフィリン系色素、淡水真珠やコンクパールのピンク色はカロチノイド系色素による発色と言われている。これらは生物固有の色素であり、その分光特性やラマン分光は母貝鑑別を行う際の有効なデータとなる。
 あらゆる真珠母貝から産出されるホワイト系真珠ではこのような色素による情報が得られないため、一般に母貝鑑別が困難である。
 ホワイト系真珠(写真−2)の鑑別で特に問題になるのは、直径10mm以上のアコヤ真珠とシロチョウ真珠の識別である。かつてはサイズが大きければシロチョウ真珠と想定できたが、近年では直径8・程のアンダーサイズのシロチョウ真珠も市場に出回っている。一方、10mmを越えるアコヤ真珠も稀少ながら流通しており、同サイズのシロチョウ真珠よりはるかに高値で取引されている。このため外観上酷似している両者の識別には苦慮するところである。

写真-2: ホワイト系真珠各種

 このようなホワイト系真珠の鑑別には、非破壊を前提に紫外線蛍光検査、窒素を励起源とした紫外線レーザー励起の発光スペクトル、紫外部スペクトルの高次微分解析法、赤外線スペクトル、ラマン分光法、蛍光X線分析による元素分析などの様々な手法が試みられてきた。また、潜在的な美しさを引出す目的でアコヤ真珠に広く一般に行われている加温・漂白・調色といった真珠特有の加工による影響も無視できない。
 最近ではアコヤ真珠のみならずシロチョウ真珠などにも真珠特有の加工が施されたものも見かけられ、未加工のものと混在して流通しているのが実情である。したがって、ホワイト系真珠の鑑別においては加工によって変化しない母貝固有の普遍的ファクターを発見しなければならない。
 そこで、325nm紫外線レーザーを用いたフォト・ルミネッセンス法で母貝間の差異ならびに漂白前後の変化を比較検討した。その結果、アコヤ真珠とシロチョウ真珠は類似の発光ピークを示し、いずれも漂白後は蛍光強度の増大ならびにピーク形状の変化が認められたが、ホワイト系のアコヤ真珠とシロチョウ真珠を明確に識別することは困難であった(図−2)。

図−2: アコヤ真珠とシロチョウ真珠における漂白前後の325nm紫外線フォト・ルミネッセンスの変化
 次に、励起光を633nmに変更し、そのフォト・ルミネッセンスからホワイト系アコヤ真珠とシロチョウ真珠の識別を試みた。
 その結果、いずれも700nm付近に発光を示したが、両者のピーク形状には差異が認められた。さらに、漂白の前後でピーク形状には変化が見られないことからホワイト系真珠の母貝鑑別に励起光633nmのフォト・ルミネッセンスが手がかりになりうると考えられる。また、薄巻きの養殖真珠で懸念される内部の核の影響も少ないことが確認できた。
 なお、662nmならび679nm付近に検出された2つのピークは炭酸カルシウムのアラゴナイト型結晶によるラマン散乱によるものである(図−3)。

図−3: アコヤ真珠とシロチョウ真珠における漂白前後の633nm励起フォト・ルミネッセンスならびにラマン分光

次のページ

Copyright ©2005 Zenhokyo Co., Ltd. All Rights Reserved.