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平成17年度“宝石学会(日本)”講演会から 2005.10.01
ラボにおける最近話題の宝石
全国宝石学協会 技術研究室 岡野 誠(CGJ)、北脇裕士(FGA, CGJ)
近年、宝石素材に対する欲求の多様化に伴い、実際の鑑別業務においても珍しい宝石を多く見かけるようになった。今回はこれらのうち特に話題になったものについていくつかご紹介する。
なお、本報告は平成17年度宝石学会(日本)の一般講演で発表した内容を一部加筆修正したものである。

◆ブラック・ダイヤモンド◆
1990年代の終わりごろからブラック・ダイヤモンドがジュエリー素材として人気を博すようになり、特に小粒石が多数個セットされたデザインのものを鑑別でも良く見かけるようになった。
この天然のブラックは地色そのものが黒いわけではなく、大抵は淡褐色~淡黄色のボディーカラーに内包している黒色インクルージョンによってブラックに見えている。黒色インクルージョンは粒状~針状のグラファイトや硫化鉱物などである。
ブラック・ダイヤモンドの需要が高まると、素材の十分な確保が必要となり、人為的な照射処理による代用品が現われた。これは主に原子炉で中性子線を照射したもので、外観はブラックに見えるが実際には濃青~緑色である。したがって、照射によるブラックはファイバー光源などの強い光を透過させるとほとんどが青~緑色に見える。
さらに3~4年前になって新しいタイプのブラック・ダイヤモンドが見られるようになった。これらは一般にHT(高温)処理ダイヤモンドと呼ばれている。これらはクラリティの著しく低い単結晶や白~灰色の多結晶の天然ダイヤモンドを、還元雰囲気(酸素の乏しい条件)での高温加熱によって一部をグラファイト化させ黒色化したものである(写真-1)

写真-1: 加熱処理ダイヤモンド。(左)処理前、(右)処理後

この加熱処理ブラック・ダイヤモンドの識別には宝石顕微鏡による詳細な拡大検査が必要不可欠である。針状の黒色内包物は天然ブラック・ダイヤモンドの特徴であり、また、不定形であっても天然ブラック・ダイヤモンドでは黒色内包物は石の内部にまで点在している。これに対して、加熱処理のブラックは黒色内包物が表層付近や研磨面に達したフラクチャーに集中していることが多い(写真-2)。さらにこれらの視覚的判断を補完するために、HPHT処理の看破に有効なフォト・ルミネッセンス(PL)分析が応用可能である※1。

写真-2: 天然ブラック・ダイヤモンド(左)と加熱処理ダイヤモンド(右)の拡大写真

◆鉛ガラス含浸処理ルビー◆
ダイヤモンドではクラリティ(透明度)の改善を目的にクリベージやフラクチャーに高屈折率ガラスを含浸する処理が知られている。このような処理は1987年頃から市場で見られるようになり、海外では一般にガラス充填と呼ばれている。また、処理業者の名前から“Koss"処理あるいは、“Yehuda"処理と呼ばれている。これらの処理が施されたダイヤモンドにはクリベージやフラクチャーに虹色の独特の光が観察されるのが特徴で、一般にフラッシュ効果と呼ばれている。
昨年来、ルビーにも同様のフラッシュ効果を示すものを見かけるようになった(写真-3)
ルビーには、しばしば加熱に伴う残留物がフラクチャーやキャビティに見られることがあるが、これらは屈折率がルビーよりはるかに低く、フラッシュ効果は見られない。したがって、フラッシュ効果の存在はルビーに重複する屈折率を有する物質が含浸されていることを示唆している。X線レントゲン検査では、レントゲン写真にて白くコントラストの高いいくつもの筋が観察できる。これはルビーに発達したフラクチャーの分布に対応しており、母体のルビー(Al2O3)より原子量の大きな元素の存在を意味している(写真-4)
さらに、ルビーの表面に達したフラクチャー部分を蛍光X線分析により測定すると、ルビーの主元素であるAlと一般的な微量元素以外にPb(鉛)が検出される。
このような鉛ガラスの含浸処理は大粒のファセット加工されたルビーに見られるが、カボション・カットされたスター・ルビーやビーズのネックレスのような小粒石にも見られることがある。ルビーは無色透明なダイヤモンドとは異なり、地色に隠されてフラクチャーにフラッシュ効果が確認しづらいものも多い。そのような視覚的な判別が困難な場合はX線レントゲン検査や蛍光X線分析による確認が必要となる※2。
さらにごく最近、Be拡散加熱処理に鉛ガラスの含浸処理が施されたものも出現しており、鑑別現場としてはルビーの鑑別により慎重な対応が必要である。

写真-3: 鉛ガラス含浸処理ルビーに見られるフラッシュ効果
写真-4: 鉛ガラス含浸処理ルビーの軟X線レントゲン像

◆紫色の宝石素材◆
社団法人日本ジュエリー協会(JJA)では、2005年のイヤー・カラー・ストーンを紫色の宝石と定めている。それにちなんで、今回はいくつかの珍しい紫色宝石について紹介する(写真-5)

天然バイオレット・カルセドニー 天然スティヒタイト
紫色のトルコ石(加熱、プレス成形) Cermikite
写真-5: 紫色の宝石素材

◇バイオレット・カルセドニー
バイオレット・カルセドニーは最近インドネシアのスマトラ島東部で新しく産出されたもので、一見アメシストやバイオレット・サファイアを思わせる濃い紫色が特徴である。昔からあるカルセドニーの変種、アメシスティン・カルセドニーと比べても透明度や彩度が高く、拡大検査では一般にメノウによく見られる色ムラが見られる。この紫色の原因は、蛍光X線分析および退色テストによる色相の変化の挙動からアメシストと類似の鉄に関連する着色中心であると考えられる。
◇スティヒタイト
スティヒタイトは最近鑑別に持ち込まれた珍しい宝石の一つである。MgやCrを含有する蛇紋岩の変成鉱物であり、硬度がモース1.5~2と低いので取り扱いには注意が必要である。一見スギライトに似ている宝石だが、化学組成も結晶構造も異なるため蛍光X線分析もしくはラマン分光によって判別することが可能である。
◇紫色のトルコ石
紫色のトルコ石は2005年のツーソン・ジェム&ミネラル・ショーで販売されていたものである。販売業者の話ではアリゾナ州産のトルコ石を加熱・プレスして固めたもので、その過程で紫色に変色し、紫色はマンガンに依る色とのことだった。しかし、蛍光X線分析にて組成を調べた結果、着色に関連する元素は検出されなかった。
◇Cermikite
Cermikiteも2005年のツーソン・ジェム&ミネラル・ショーで販売されていた宝石である。一見すると大きいフルオライトのようなきれいな結晶だが、水溶液から育成されたクロムミョウバン、あるいは無色ミョウバンを着色した人工結晶だとのことで、中国で製造されているようである。全宝協で数年前に購入していた類似のサンプルは、当時はアメシストの群晶のような外見であったが現在では無色に退色している。したがって、このCermikiteも経年変化で退色する可能性が考えられる※3。

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