>>Topへ戻る >>「Research Lab. Report」タイトルリストへ戻る

Research Lab. Report 2005.08.30
産地鑑別と加熱の履歴に関する鑑別の正確性と限界について
〜ギュベリン宝石ラボとの共同研究プロジェクト〜
全国宝石学協会 技術研究室

全国宝石学協会(GAAJ)では科学鑑別の重要性を認識して、協会設立後まもなく社内に技術研究室を設置し、長年に渡りさまざまな宝石学分野の研究を継続してまいりました。その成果はルーティンの鑑別業務に活かされ、同時に国内外の学術会議にて報告され、業界の健全な発展に微塵ながら寄与・貢献できたと自負しております。
 しかしながら、ここ数年新種・新産地の宝石の登場、合成石・処理石の開発など宝石鑑別ラボにとって必要不可欠な背後情報は日々増大しており、国内外ラボ間の情報交換の重要性が再認識されています。
 GAAJ技術研究室は国際宝石学会(International Gemmological Conference)
※1やラボ・マニュアル調整委員会(Laboratory Manual Harmonization Committee, LMHC)※2を通して海外の主要な鑑別ラボとの協力関係が築かれております。中でも、スイスのギュベリン宝石ラボ(Gübelin Gem Lab / GGL)とは、国際的なラボ間でもその鑑別結果に微妙な誤差の生じ易い各種宝石の産地鑑別やコランダム(ルビー、サファイア)の加熱・非加熱の諸問題について、共同研究のプロジェクトを立案しスタートさせています。

◆産地鑑別の正確性と限界
 宝石鑑別書は、ジュエリーに使用されている宝石の特性や特徴を表示する手段として、一般に広く普及しています。宝石鑑別書には各々の石が所有する宝石学的な科学特性が記載され、天然・合成の生成起源はもちろんのこと、鉱物種、宝石名が明記され、宝石に施されることがある人的処理について記述されます。さらにオプションとして顧客のリクエストに応じて宝石の産出する地理的地域の判定、いわゆる“産地鑑別”が行われることがあります(国内規定では一般鑑別書における産地表記は認められておらず、分析報告書によるものとされています)。このような宝石鑑別を正確に行うために、標準的な宝石鑑別技術に加えて、より高度な分析技術が必要に応じて利用されています。また、鑑別結果の精度を高めるためには鑑別技術者が長年に渡って蓄積してきた知識や経験、ラボが保有する膨大なデータ・ベース、そして一貫性の基準などが必要となります。特に宝石の産地鑑別は個々の宝石の産出された地理的地域を限定するために、その宝石がどのような地質環境さらには地球テクトニクスから由来したかを判定するためのバックグランドが必要となります。そのためには産地が明確な標本の収集が何よりも重要で、産地ごとあるいは鉱山ごとの信頼できる豊富な標本が必要です。そしてこれらの詳細な内部特徴の観察、標準的な宝石学的特性の取得が基本となります。その上で紫外−可視分光分析、赤外分光(FTIR)分析、顕微ラマン分光分析、蛍光X線分析さらにはLA-ICP-MSによる超微量元素の分析が行われ、鉱物の結晶成長や岩石の成因、地球テクトニクスなどに関する知識と経験をも併せ持つ技術者による判定が行われなければなりません。

写真-1: レーザー・トモグラフ。1984年にGAAJ技術研究室に設置。以来、歴代スタッフの継続的な研究活動の結果、現在ではコランダムの加熱の履歴を識別するGAAJのオリジナル・テクニックとして世界が注目している。
写真-2: 検査結果報告書見本。GAAJ技術研究室では、1993年に世界で初めてレーザー・トモグラフを用いたコランダムの非加熱/加熱に関する高度な分析報告書を発行。現在はLA-ICP-MS等のスペシャル・テクニックを駆使して産地鑑別にいたる個々の宝石の総合情報を伝えている。

 しかしながら、産地鑑別における原産地の結論は、それを行う宝石鑑別ラボの意見であり、証明するものではありません。また、記述された産地は宝石の品質や価値を示唆するものでもありません。原産地の結論は膨大な既知の標本およびデータ・ベースとの比較、現時点での継続的研究の成果および文献化された情報に基づいて引き出されたもので、検査された宝石の最も可能性の高いとされる起源を記述しています。ある種の宝石におけるいくつかの産地では極めて類似した諸特徴を示すことがあり、特定の産地を記述できないケースも稀にあります。また、情報のない段階での新産地の記述にはタイム・ラグが生じる可能性があります。
 このような宝石の産地鑑別のパイオニアとして国際的に最も信頼されている宝石鑑別ラボのひとつにスイスのギュベリン宝石ラボ(GGL)が挙げられます。宝石学の生みの親とも呼ばれるエドワード J. ギュベリン博士は、世界各地から豊富な宝石標本を収集し、詳細な宝石内部の諸特徴を観察して記載し、また宝石の特性値を測定できる機器を開発し、今日の宝石学に大きな貢献を果たされました。残念ながら今年になってこの偉大なジェモロジストの訃報を聞くところとなりましたが、その信頼と精神はD. シュワルツ博士を始めとする世界が認める優秀な技術者に引き継がれています。

写真-3: Gübelin Gem Lab(Luzern, Switzerland)
写真-4: Gübelin Gem Lab内にてEDXRFを操作するDietmar Schwarz博士。

 GAAJ技術研究室ではLA-ICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析装置)を世界のラボに先駆けて導入し、その分析結果は宝石の産地鑑別に極めて有効であることを示しました。特に従来困難であったブルー・サファイアのスリランカ産、ミャンマー産、マダガスカル産の識別精度には格段の進展が見られています。そして現在、ギュベリン宝石ラボからの多数の産地既知試料提供(■エメラルド:ザンビア、コロンビア、パキスタン、ジンバブエ、ナイジェリアなど、■ルビー:カシミール、アフガニスタン、パキスタン、など)により、ルビー、エメラルド等の産地鑑別の共同研究を継続して行い産地鑑別の精度の向上に努めています。

写真-5: Gübelin Gem Labの研究者は世界中の宝石産出地を自ら巡り、貴重なサンプルや情報を収集している(右:Dietmar Schwarz 博士)。
写真-6: Dietmar Schwarz博士を迎えて、GAAJラボ・スタッフとの鑑別技術ミーティングが行われた(2004年6月)。

次のページ

Copyright ©2007 Zenhokyo Co., Ltd. All Rights Reserved.