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平成17年度“宝石学会(日本)”講演会から 2005.08.30
加熱コランダムの鑑別 -Identification of heat treated corundum-
全国宝石学協会 技術研究室 北脇裕士(FGA, CGJ)、阿衣アヒマディ(理学博士)、岡野 誠(CGJ)

 本報告は平成17年度宝石学会(日本)の一般講演で発表した内容を一部加筆修正したものである。

◆はじめに
 2004年9月の鑑別表記ルール改定に伴い、AGL(宝石鑑別団体協議会)ではコランダムの加熱について個別表示するようになった。それ以前は“一般にエンハンスメントが行われています”とのコメントを備考欄等に付記してコランダムの加熱・非加熱の鑑別は行われてなった。したがって、AGL会員鑑別機関にとってルール改定はこれまで以上のタスクが要求される結果となっている。新ルール施行後も漠然と危惧されたような大きな混乱は避けられたが、一部で鑑別機関によって(特に海外のラボとの間で)は加熱・非加熱に関して異なる結果表示がなされるとの指摘が聞かれる。このような背景について考察し、加熱・非加熱の鑑別法について紹介する。

◆加熱コランダムの特徴
◇拡大検査による特徴◇

 加熱されたコランダムの鑑別には詳細な内部特徴の観察が重要となる。多くの結晶インクルージョンはコランダムより低い融点のため、加熱により融解したり、変色したりする。
 コランダムにほぼ普遍的なシルク・インクルージョンはルチルの針状結晶で、その融点は1825℃と比較的高く、1640℃で離溶を始めるとされている。しかし、加熱時の雰囲気や他の条件において実際に融解する温度は変化すると思われる。時にBe拡散加熱のように高温で処理されているにも関わらず、加熱による損傷を蒙っていない針状結晶を見かけることがある。最近の韓国での研究では針状インクルージョンの一部はウルボスピネルの構造を有することが分かっており(SANG-KI-KIM私信2005)、ルチルよりもさらに高温でも融解しない鉱物の可能性がある。
 ジルコンもコランダムにしばしば内包される鉱物である。以前はジルコン・インクルージョンはスリランカ産サファイアの特徴とされていたが、近年ではむしろマダガスカル産サファイアの特徴とされている。非加熱コランダムに内包されるジルコン結晶は透明感があり、ヘイロー割れもしばしば見られる。加熱されることにより、これらの結晶は透明感がなくなり白濁化してゆく
(写真-1)。マダガスカル産のルビーにはしばしばざら目状のジルコン結晶の集合体が内包されている(写真-2)。これらは他の観察結果から、“加熱”と判断されたコランダムにも白濁化せずに存在しており、加熱の温度が比較的低温であったことを物語っている。

写真-1: 加熱されたルビー中のジルコン結晶
写真-2:  ダガスカル産ルビー中の“ざらめ”状のジルコン結晶

 アパタイトもマダガスカル産やスリランカ産のサファイアに良く見かける結晶鉱物である。六角柱状の自形を呈することもあるが、たいていは無色透明の融食形である。アパタイトは融点が比較的低い鉱物で、他のコランダム中の結晶鉱物よりも加熱による変化が著しい
(写真-3)
 ネガティブ・クリスタル(負の結晶)は液体インクルージョンの一種と考えられる。これらは結晶の空洞に液体が満たされたもので、特に二相(液体中に気体を含む)になったものの存在は加熱を蒙ってない証拠とされている。
 高い温度(1000℃以上?)で加熱されることによって液体インクルージョンはしばしば癒着し、加熱に使用されるボラックス等の触媒等がフラクチャーに残留物として見られることがある
(写真-4)。このような残留物は、ミャンマーのMong Hsu産ルビーに見られることが多い。

写真-3: Be拡散加熱が施されたサファイア中のアパタイト結晶
写真-4: 加熱されたルビー中の残留物質

◇分光分析による特徴◇
 加熱により紫外-可視領域、赤外領域の分光スペクトルに変化が見られる。一般にスリランカ産やマダガスカル産のギウダを加熱した場合、スペクトルの黄色部の吸収が深くなり、紫外領域の透過性が良くなる。また、330nm付近のショルダー(小さな吸収)が加熱によって消失することが多い。
 一般に非加熱のスリランカ産、ミャンマー産およびマダガスカル産等の非玄武岩起源のブルー・サファイアは赤外領域に特徴的な吸収は示さない。これに対してタイ・カンボジア産、オーストラリア産および中国産等の玄武岩起源のブルー・サファイアは3000cm-1付近にOHに起因する吸収がある。還元雰囲気で加熱されたブルー・サファイアには非加熱の状態にはなかったOHに起因する吸収が加熱後に出現する
(図-1)。逆にOHに起因する吸収がある中国産のブルー・サファイアを酸化雰囲気で加熱するとOHのピークは消失する。したがって、産地がある程度既知のブルー・サファイアはFTIRによる分析は加熱・非加熱の鑑別に極めて有効である。
 非加熱のMong Hsu産ルビーにはしばしばダイアスポアの吸収が見られる。これらは加熱することによってしだいに消失し、逆に構造的に結合したOHの吸収が出現するようになる。したがって、OHのピークが明瞭なMong Hsu産ルビーは加熱されていると判断できる
(図-2)

図-1: FTIR分析/マダガスカル産ブルー・サファイア
図-2: FTIR分析/Mong Hsu産ルビー

 数年前から、海外で“No indications of heating”(加熱の兆候なし)のコメントが付けられたMong Hsu産ルビーが国内に輸入されるようになった。しかし、これらのうちの一部は実際には加熱されているものがあり、国内の鑑別機関との間に見解の相違があった。この理由は次の通りである。
 Mong Hsu産ルビーの結晶原石には中心部に濃青色の分域があり、見かけの美観を損なっている。これを除去するのが加熱の主たる目的であるため、海外のあるラボでは拡大検査でカット石に青色の色帯があれば非加熱と判断されていた
(写真-5a)。しかし、このような青色色帯が存在しても赤外分光分析やレーザー・トモグラフィでは明瞭に加熱の証拠が得られるケースが少なからず存在した(写真-5b,c)。その後、加熱実験などを通じて青色色帯の存在だけでは非加熱と判断できないことが世界の主要ラボでは認識されるようになっている。

写真-5a: Mong Hsu産ルビーの中心部に見られる濃青色の分域
写真-5b,c: Mong Hsu産ルビーの中心部に見られる濃青色の分域

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