4.処理の看破
 数10年前から行われている宝石の色の改善や改変を目的とする加熱プロセス(外来添加物―直接着色に寄与する遷移金属元素によるいわゆる“表面拡散”処理を含む)の鑑別は、一般的な器材を用いた範囲内でほぼ可能となっている。しかし、近年になって軽元素Be(ベリリウム)による新しい拡散処理法がコランダムに応用され、彩度の高いオレンジ色、ピンク色そして黄色等のサファイアが作り出されている(Fig.5)。
Fig.5:軽元素ベリリウムによる拡散処理コランダム。
このような拡散因子である軽元素の検出は従来の宝石学的手法では不可能であり、二次イオン質量分析法(SIMS)などのより高度な分析装置を用いることが必要で、その看破の難しさが問題となっている。筆者らはレーザー・アブレーション・システムを用いた誘導結合プラズマ質量分析装置(LA-ICP-MS)を使用してBeを含めた不純物元素の測定を行い、Beによる加熱処理コランダムの看破を可能にした(Ahmadjan.A, H Kitawaki, J. Shida., 2003; J. Shida. et al., 2004)。

5.高感度分析
●宝石鉱物組成分析

 XRF, SEM-EDX, EPMAによる物質の組成成分の分析には感度が十分ではないため、超微量分元素分析や軽元素分析などを行う場合には、現在高感度の先端分析装置SIMSやLA-ICP-MSなどが応用されている。より正確な定量値結果を得るために、結晶の極一部の面積(100μm2)を破壊する必要がある。2003年ベリル族新種宝石鉱物“ペツォッタイト”はマダガスカル中央部Mandrosonoro村の花崗岩質ペグマタイト中に発見され、コマーシャル・ネームとして一時“ラズ・ベリル”呼ばれていた(Fig.6)。
Fig.6: (左)ベリル族の新種鉱物ペツォッタイト/(右)モルガナイト。
同じベリル族に所属するこの鉱物には高濃度のCs元素が含有され、しかも、通常5wt%前後しか含有しないモルガナイトに比べ、20%近く含有する。筆者らはLA-ICP-MS分析を行い、XRFで分析した主元素と微量元素の定量値を比較し、その誤差を示した。また、XRFでは検出できない微量元素(Mg, P, K, Sc, Cr, Mn, Fe, Ni, Zn, Ga, Tl)と軽元素(Li, Be)を分析し、両鉱物の主成分と微量元素濃度を比較した(Table-2 Ahmadjan.A and H.Kitawaki, 2003)。
  ペツォッタイト   モルガナイト   単元素   単元素
  酸化物   酸化物 微量成分 ppm   ppm
主成分 Wt%   Wt% Mg 1.9〜16 0.4〜5.0
Li2O 1.70%〜2.57% 0.53%〜1.86% P 46.0〜51 50.0〜83
BeO 4.16%〜9.72% 6.11%〜14.44% K 40.0〜80 36.0〜86
Na2O 0.81%〜1.35% 0.88%〜3.23% Sc 13.0〜17 5.7〜100
Al2O3 15.52%〜18.70% 19.24%〜23.06% Cr 5.0〜11 13.0〜26
SiO2 58.11%〜61.49% 66.28%〜74.86% Mn 47.0〜150 25.0〜92
CaO 0.98%〜2.15% 0.81%〜1.54% Fe 33.0〜75 19.0〜91
Rb2O 0.15%〜0.62% 0.08%〜0.15% Ni 6.3〜10 6.4〜8.9
Cs2O 16.13%〜23.37% 1.61%〜3.12% Zn 4.7〜14 1.8〜200
  Ga 9.0〜15 7.9〜18
Tl 20.0〜50 1.9〜11
Table-2:LA-ICP-MSによるペツォッタイトとモルガナイトの主元素と微量元素濃度(wt%-ppm)。

●貝殻素材分析
 真珠は淡水産真珠と海水産真珠に大別され、近年は有核淡水養殖真珠の需要が増加している。養殖に用いられる核は一般に淡水産の貝殻から造り出だされ、アメリカ・ミシシッピ−河産カワボタンガイ、中国産ドブガイ、そして最近になって海水産シャコガイが利用され始めている(Fig.7)。
Fig.7: 有核淡水養殖真珠とその切断面上の養殖用核及び真珠層。
しかし、シャコガイはワシントン条約や製品加工上の耐久性に問題があるためその核利用が懸念されている。したがって、鑑別ラボではこれまでにはなかった真珠殻の素材鑑別が新たに問題化してきている。筆者らはLA-ICP-MSを利用して最小限のレーザービーム(30μm)でかつ長時間(数十秒)照射することによってその貝殻の組成を分析し、貝殻の素材鑑別への応用を検討している(Fig.8)。
Fig.8: 分析に用いた真珠の表層写真(右図)、700μmの糸穴と30μmのレーザー照射スポット跡。下図、LA-ICP-MSによる真珠核から検出された淡水産貝殻が含有するMn元素のスペクトル。

6.おわりに
 以上、LA-ICP-MS分析のいくつかの研究例をご紹介した。LA-ICP-MS分析による極微量元素の分析はコランダム、エメラルド等の産地鑑別に極めて有効であり、またダイヤモンドをはじめとする他の宝石素材の産地鑑別にも応用が期待できる。また、LA-ICP-MS分析はコランダムにおける軽元素の拡散処理の看破や、貝殻の素材鑑別にも有効である。
 今後、宝石鑑別はよりいっそう困難な状況を迎えることが予想されるが、それらの問題点をひとつずつ解決する上でLA-ICP-MS分析はなくてはならない分析の一手法になると思われる。

参考文献
Ahmadjan.A, H. Kitawaki, J. Shida., 2003. A New Technique for Corundum Analysis Using LA-ICP-MS(Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry) Instrument. Gemmology., Vol.34(11), No.410.,pp.4-7(in Japanese, with insert of English translation).
Ahmadjan.A, H. Kitawaki., 2003. Analysis on Cs Pink “Beryl” using a Laser Ablation System with Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometer (LA-ICP-MS). Gemmology., Vol.34(12), No.411.,pp.24-26(in Japanese, with insert of English translation).
Ahmadjan.A and H. Kitawaki., 2004. Study of Origin Determination of Blue Sapphire using LA-ICP-MS Analysis. Gemmology., Vol.35(6), No.417.,pp.4-7(in Japanese, with insert of English translation).
J. Shida, H.Kitawaki and Ahmadjan.A., 2004. Journal of The Gemmological Society of Japan., Vol.24, No.1-4., pp.13-23.
M. Resano, F.Vanhaeche, el at., 2003. Possibilities of laser ablation-inductively coupled plasma-mass spectrometry for diamond fingerprinting. J. Anal. At Spectrum., 2003, 18(10), 1238-1242.
Wuyi Wang, Matt el.al., 2003. Applications to Diamond Testing. Papaport Daimond Report. September 5.
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