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Research Lab. Report 2004.06.19
LA-ICP-MS分析法を用いた
ブルー・サファイアの産地同定の研究
技術研究室  阿依 アヒマディ(理学博士)/北脇 裕士(FGA,CGJ)
要旨
LA-ICP-MS分析法を用いてブルー・サファイアの産地同定の研究を行った。その結果、従来の手法(内部特徴の観察、分光学的手法、蛍光X線分析による微量元素の分析等)では識別が困難であった非玄武岩起源のマダガスカル産とスリランカ産ブルー・サファイアを明確に区別できることが分かった。すなわち、スリランカ産では検出限界以下であったSn(スズ)とTa(タンタル)が、マダガスカル産ではppmオーダーで検出された。

はじめに
 宝石の地理的地域の産地鑑別はそれを行うそれぞれの鑑別ラボの意見であり、その宝石の品質や価値を示唆するものではない。このことはCIBJOのルールにおいても基本理念となっている。とはいっても宝石の産地同定は時に考古学的に重要な意味を持つことがあり、また、ジュエラーにとっては日常の取引において常に知りたい情報の一つである。産地鑑別を求められたラボラトリーが一つのアイテムに対してそれぞれに異なる見解を出すようでは、顧客を混乱させ、宝石鑑別ラボの信用を落とす結果となりかねない。産地鑑別を行う以上はより精度の高い科学的根拠に基づいて行われなければならない。
 従来、宝石の産地同定は主に宝石内部の観察に重点が置かれてきた。これは、インクルージョンが宝石の成長履歴を反映するためである。また、分光学的手法や蛍光X線による不純物元素の測定も、宝石の産地情報を知る上で重要な手がかりを与えてくれる。これらの手法において産状、すなわち玄武岩起源(例えばオーストラリア産、タイ産等)と非玄武岩起源(例えばスリランカ産、ミャンマー産、マダガスカル産等)を区別するのは容易であった。しかし、同じ産状の異なる産地、すなわちタイ産とオーストラリア産あるいはマダガスカル産とスリランカ産、を識別するのは困難である。特に1990年代後半からマダガスカル産のブルー・サファイアが宝石市場で台頭し始めてからは、宝石産地としては比較的新しいマダガスカル産と伝統的なブルー・サファイアの産地であるスリランカ産の識別がしばしば大きな問題に発展している。

LA-ICP-MS分析とは
 LA-ICP-MS分析とは、固体試料表面に波長の短い高エネルギーのレーザーを照射し、蒸発・飛散した粒子を更に高周波プラズマでイオン化し、その質量を分析することによって試料の構成成分の定性、定量分析を行う手法である。軽元素のHe(ヘリウム)から重元素のU(ウラン)までの広範囲の元素を、非常に微量なppb 〜ppmレベルまで迅速に検出できる特徴をもっている。このことから極微量の不純物成分の分析に極めて有効な手法として最先端産業界の注目を集めている。この分析手法は試料室を真空にする必要がなく、レーザービームが細く、かつCCDカメラが備えられているため、特定位置の局所分析が可能である。また、Nd-YAGレーザーの第4高周波(266nm)、第5高周波(213nm)もしくはエキシマレーザー(193nm)を用いれば、すべての試料を融解し蒸発・気化でき、試料の形態に関係なく測定可能である。しかし、分析するために、宝飾品の局所面積(最小100μm2)を蒸発・気化させICP-MSに導入する必要がある。
最近LA-ICP-MS分析法を用いて宝石鉱物の組成分析や微量元素分析などによる産地鑑別の研究が増えつつあり、Gunther(2001)、S.Saminpanya(2003)、A.H. Rankin(2003)などが天然サファイア、ルビーなどの本来含有する微量元素Ti、Fe、V、Cr、Gaなどを分析し、chemical finger printingが提唱されている。

試料および測定方法
 本研究においてレーザー・アブレーション・システムはNEW WAVE RESEARCH社製MODEL UP-213A/Fを、ICP-MSはAGILENT社製7500aを用いた(Fig.-1)。LA-ICP-MSは検量線法による定量分析が困難なため、本測定では測定元素ごとに濃度換算係数を算出し、定量分析を行う方法を用いた。濃度換算係数の算出に標準サンプルNIST612ガラスを使用し、実試料を分析して得られたデータと濃度換算係数により実試料の定量値を算出した。この分析手法は実施後、石表面にレーザー痕跡が残る。分析の感度は蒸発・気化させる量が多いほど上がるが、リサーチの結果、最小限の痕跡で軽元素の安定した感度が得られる条件を満し、かつ検査実施を証明するマークとなるよう、ガードル上に、“GAAJ”のレーザー・マークが刻印される方法をとっている(Fig.2)。このレーザー・マークは、ダイヤモンドに現在も行われているレーザー刻印と同様に、宝石の美しさを損なうことなく、10倍ルーペでやっと確認できる程度のサイズである。レーザーラインの幅は16μm、縦横サイズは80×230μm、深さ1〜3μm。 測定に用いた条件はTable-1に示す。 レーザーパルス周波数20Hz、レーザーエネルギー0.038mJ、積算時間0.01sec、測定時間40secとし、測定回数は3回とした。
本研究では、同じ非玄武岩起源の変成岩から産出されている未加熱のマダガスカル産のカット石15個、スリランカ産のカット石 10個を分析対象にした(Fig.3)。また、この両産地と比較するために、他の産地の玄武岩起源および非玄武岩起源のブルー・サファイアを測定に用いた。サンプルの詳細はTable-2に示す。

Fig.-1: LA-ICP-MS質量分析装置(GAAJ Laboratory) Fig.-2: “GAAJ”のレーザー・マーク

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Plasma parameters

Laser ablation parameters

Agilent 7500a New Wave Research UV-213 A/F
RF power Wave length
1500w 213nm
Plasma gas flow rate Pulse frequency
Ar 16 L/min 20Hz
Auxiliary gas flow rate Laser energy
Ar 1.42ml/min 0.038mJ
ICP torch Ablation pattern
Fassel torch 1.5mm id silica injector “GAAJ” mark 16μm wide line
Spray chamber Scan speed
Water cooled 20μm/sec
Nebulizer Laser warm up
Micro Mist AR 5 sec
Sampler cone
Nickel. 1.1mm diameter
Skimmer core
Nickel. 0.8mm diameter
Sampling depth
7mm
Mass number
m/z=2 to 260
Integration time
0.01 sec per point
Table-1. LA-ICP-MSの分析条件

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Fig.-3: 未加熱のブルー・サファイア(左:マダガスカル産/右:スリランカ産)

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サンプルNo.
(数量)
MD1-2 to 6-4
(15 pieces)
D027-477
(10 pieces)
B328-331
(4 pieces)
TH032-037
(6 pieces)
NS001-006
(6 pieces)
C125-127
(5 pieces)
宝石種 Sapphire Sapphire Sapphire Sapphire Sapphire Sapphire
Deep blue〜
Light blue
Blue〜Light blue Blue〜Light blue Dark blue〜 blue Dark blue〜
greenish blue
Dark blue
カット&
スタイル
Mixed cut and
Cabosion
Mixed cut Mixed cut Mixed cut Mixed cut Mixed cut
重量 (ct) 1.919〜5.461 0.625〜1.108 3.385〜6.820 1.234〜3.408 2.548〜4.001 4.057〜5.273
蛍光性
長波紫外線
短波紫外線

Inert〜Weak red
Inert〜Very weak red

Inert〜Weak red
Inert〜Very weak red

Inert Inert

Inert Inert

Inert Inert

Inert Inert
産出地 Ilakaka, Madagascar ? Ceylon,
Sri Lanka

Myanmar
?
Thailand
New South wales,
Australia
Shandong
China
Table-2. 世界各国のブルー・サファイア
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