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今月の鑑別室から 2010.03.10
イリデッセンス効果を示す天然“ヌーマイト”
株式会社 全国宝石学協会 技術研究室
小林泰介(FGA, CGJ, GIA.GG)

 最近、モーリタニア産の“ヌーマイト”と呼ばれる、緑色から青色のイリデッセンス効果を示す黒色のカボションカット石を鑑別する機会を得た。分析の結果、これらはアンフィボール(角閃石)の一種であることが分かった。今回はこの“ヌーマイト”の鉱物学的性質と宝石学的特性を紹介する。

◆ “ヌーマイト”について注)
 宝石の特殊な光彩効果の一つにイリデッセンス(Iridescence)がある。この効果は、主に宝石の内部構造によって特定の波長の可視光が干渉した結果、宝石の地色とは別に干渉色として現れる。代表例としてラブラドーライト、ペリステライトなどのフェルスパー(長石)、もしくは「レインボー・ガーネット」と称されるアンドラダイト・ガーネットが挙げられる。
 そして今回、上記の宝石とは別に、イリデッセンス効果を示す“ヌーマイト(Nuumite, Nuummite)”と称されるカット石が宝石として流通していることが分かった。“ヌーマイト”はGems & Gemology(Appel et al., 1987)にて、グリーンランドで産出されたものが宝石用にカットされたとの報告がなされた。“ヌーマイト”の宝石学的文献での紹介例は筆者の知る限りこれが初めてである。“ヌーマイト”の商業名は産地であるグリーンランドの「Nuuk」に因んでいる。
 この“ヌーマイト”は上記のGems & Gemologyの報告によれば、結晶構造ならびに化学組成分析の結果、角閃石(Amphibole)の一種の多結晶体であることが確認されている。角閃石は輝石などとともに主要な造岩鉱物グループの一つであり、幅広い化学組成範囲と固溶体を形成し、60を超える変種が存在することが知られている。角閃石が宝石種として扱われる例として、「ネフライト・ジェード」として知られるアクチノーライト-トレモライト系列の固溶体が挙げられるほか、クォーツやエメラルドなどのインクルージョンとしても知られる。
 イリデッセンス効果を示す角閃石は過去にもアメリカのニューハンプシャー州やマサチューセッツ州などで産出された例があったが、カット・研磨されることによって顕著に現れるイリデッセンスの鮮やかさが、宝石としての“ヌーマイト”のポテンシャルを高めたと言える。さらに近年には、アフリカのモーリタニアで「同様のイリデッセンス効果を示す“ヌーマイト”が産出された」との情報が入り、今回そのサンプルを調査することができた(図-1)。今回はその“ヌーマイト”の鉱物学的および宝石学的特性を検証することにした。

図-1:
モーリタニア産の“ヌーマイト”
(左から23.67ct、14.56ct)

◆標準的な分析手法
 今回紹介する“ヌーマイト”のサンプルは黒色の不透明であるが、カット石の薄い部分から強い光を透過させると橙色〜暗赤色を呈する。石全体に緑から青色のイリデッセンスが観察された。一つ一つの結晶粒の大きさは数mm程度であり、それぞれの結晶が柱状に伸張していることが分かった(図-1)。また、サンプルの一部には無色透明の鉱物が共存しているものがあった。光がわずかに透過する場所から分光器で吸収スペクトルを観察したところ、青色部は吸収され、緑色部に吸収バンドが2本確認された。スポット法で屈折率を測定したところ、1.65の値が得られ、無色の他種鉱物の屈折率は1.53だった。紫外線による蛍光反応は長波・短波ともに不活性で、比重は静水法でおよそ3.1から3.2の値に集中した。

◆ラボラトリーの分析技術
◇紫外-可視-近赤外分光分析
 光をわずかに透過する部分を紫外-可視領域の吸収スペクトルを測定したところ、700nm付近を中心に赤色から黄色部にかけての領域が透過され、緑色から青色にかけての領域が吸収され、緑色部に吸収バンドが505、545nmに見られる。これらの吸収はFe(鉄)に由来するものと考えられる(図-2)。近赤外線領域(700-2700nm)は吸収され、角閃石に一般的に見られる水酸基(OH)に由来する明瞭な吸収スペクトルは得られなかった。

図-2:
“ヌーマイト”の紫外-可視分光スペクトル

◇赤外線分光分析 (FT-IR)
 FT-IRから得られた反射スペクトルを検証したところ、980、1020、1040cm-1付近を中心としたピークが得られ、1090、1130、1160cm-1付近の弱いピークを伴う。これらのピークはSi-Oの伸縮振動に由来すると考えられる(図-3)。

図-3:
“ヌーマイト”のFT-IR反射スペクトル

◇ラマン分光
 ラマン分光光度計で測定したスペクトルを検証したところ、200、670、920、1030cm-1付近にピークが現れた。これらのスペクトルは斜方角閃石(斜方晶系に属する角閃石)の一種であるアンソフィライト(直閃石 Anthophyllite (Mg,Fe2+)7Si8O22(OH)2)に特有のスペクトルであることが分かった(図-4)。また、共存する無色の他種鉱物はコーディエライト(菫青石 Cordierite)であることが分かった。

図-4:
“ヌーマイト”のラマン分光スペクトル

◇蛍法X線分折
 角閃石は前述の通り幅広い化学組成を持っているため、厳密な鉱物種を同定するためにはラマン分光とともに、化学組成を調べることが不可欠である。今回のヌーマイトを蛍光X線装置で分析したところ、Si(珪素)、Mg(マグネシウム)、Fe(鉄)が90mol%を占め、数mol%程度のAl(アルミニウム)に加えて極微量のCa(カルシウム)、Ti(チタン)、Mn(マンガン)などが検出された(図-5)。

図-5:
“ヌーマイト”の蛍光X線分析結果

 標準的な鑑別手法では直ちに鉱物の種類を同定することは困難だが、ラボラトリーの分析技術を用いることで明らかにすることができた。ラマン分光スペクトル及び蛍光X線分析による結果から、鉱物学的には角閃石グループのアンソフィライトとジェドライト(ゼードル閃石あるいはジェドル閃石 Gedrite (Mg,Fe2+)5Al4Si6O22(OH)2)の固溶体鉱物に相当すると考えられる。
 アンソフィライトとジェドライトは、結晶構造中の二価の元素(FeもしくはMg)とSiが二個のAlと置換することによって固溶体を形成することが知られており、これらは一般的に変成作用によって生成される。一部の“ヌーマイト”のサンプルの中に共存していたコーディエライトは、アンソフィライトの一般的な共生鉱物の一つである。
 前述のGems & Gemologyでの報告によると、グリーンランド産の“ヌーマイト”は、結晶粒の大きさが数mmから2cm程度までサンプルによってばらつきがあり、イリデッセンスにおいても赤色から橙、黄、緑、青色に至るまでサンプルによって異なる色のイリデッセンス効果を示すそうであるが、今回のモーリタニア産の“ヌーマイト”のサンプルは、結晶粒の大きさに極端なばらつきは見られず、イリデッセンスの色に関しても青色から緑色にかけてほぼ一様の色が見られた。
 今回のモーリタニア産の“ヌーマイト”に見られるイリデッセンスも、従来のグリーンランド産の場合と同じく、やはり斜方角閃石の生成時に発生した離溶の結果生じたアンソフィライトとジェドライトのラメラの層に由来していると考えられるが、ラメラ構造とイリデッセンスの色との関連性については、今後詳しく検証する必要がある。

参考文献
Appel, P.W.U. and Jensen, A. (1987) A new gem material from Greenland: Iridescent orthoamphibole. Gems & Gemology, Vol.23, pp.36-42

注) “ヌーマイト”は商業名であり、宝石鑑別書においては下記の通り表記されます。
項目 表記
鉱物名  天然アンフィボール
宝石名  アンフィボール
外観特徴  イリデッセンス

※本研究試料は、株式会社 彩 様からご提供いただきました。ここに記して深謝いたします。

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