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最近、図-1に見られるようなトラピッチェの外観をもつスピネルを研究用に入手し、宝石学的検査を行った。トラピッチェ・タイプの宝石はいくつかあるが、スピネルでは珍しく市場ではほとんど見かけない。今回は、このトラピッチェ・スピネルについてご紹介する。 |
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「トラピッチェ」はスペイン語で砂糖きびの絞り機のことをいい、これに使われている歯車(Trapicho)の形に似ていることから転じて、「六条の放射状の結晶模様」あるいは「六条の結晶形」を示す特異結晶を意味する宝石用語として用いられるようなった。トラピッチェ・タイプの宝石で最も有名なのはエメラルドであり、その他にもルビーやサファイアが知られている。また、最近では新たにトルマリンにもトラピッチェ・タイプが報告されている。 図-1は今回研究用に入手することができたトラピッチェ・スピネルである。商品の提供者からの情報では、このスピネルはミャンマー産とのことであった。ミャンマーはスリランカとともにスピネルの産地として有名である。 直径はそれぞれ12mm、9mm、厚さは両方とも2.4mm前後で円盤状に研磨されている。重量はそれぞれ4.1ct、2.3ctであった。色はピンク味を帯びた褐色で、石全体にクラックが入っており透明度は低い。トラピッチェの条線にあたる部分はやや暗い帯状に見える。トラピッチェ・エメラルド(図-2)では6本の黒色条線(アーム)が入っており、その輪郭がはっきりしている。トラピッチェ・ルビーも条線は白色ではあるが、エメラルド同様にはっきりとした境界を示す。それらに比べてトラピッチェ・スピネルは6本の条線ははっきりとした境界を示さず、ぼやけた印象を受ける。
顕微鏡下での観察では、全体的に一様で、条線部分と結晶部分との明瞭な境界などは見られない。条線にあたる部分には特にクラックが集中している。このクラックは中央部から外側へと流れるように条線方向に発達しているが、直線的ではなく蛇行したクラックが多数重なった状態になっている。これにより透明度が低下しているため、外観的に帯状の条線に見える。逆に結晶部分はクラックが比較的少なく、場所によっては半透明で、裏側が透けて見える部分もある(図-3)。 また、石全体に黒色不透明結晶が点在しており(図-4)、条線部分には密度高く集中している。この黒色結晶を顕微ラマン分光装置で分析した結果、グラファイトであることが判った。炭素物質であるグラファイトは“六条の放射状の黒色模様"を示すエメラルドやルビーのトラピッチェ・タイプにも報告されている。
蛍光X線分光法によるマッピング分析で局所的な組成変動を調査した。測定範囲は0.1mmφで約800点を分析した。その結果、Sr(ストロンチウム)は石全体に含まれており、K(カリウム)は濃度の高い部分が点在しているのが観察された。グラファイトなどとともにKを含む不純物が混在している可能性が考えられる。しかし、結晶部分と条線部分ではCa(カルシウム)などの組成の違いはなく、トラピッチェ・エメラルドやトラピッチェ・ルビーのように、ドロマイトやカルサイトなど母岩由来の鉱物が条線部分に存在しているデータは得られなかった。(図-5)。
トラピッチェが形成されるプロセスは既に解明されており、トラピッチェ・エメラルドやトラピッチェ・ルビーは、1.コア部となる中央の結晶が成長、2.コア部を基盤とした急速な樹脂状の結晶成長(条線部の成長)、3.2.で成長した条線部の間を埋める形での結晶の成長、といったように複数のプロセスを経てトラピッチェが形成されることが知られている。トラピッチェ・スピネルも通常の8面体結晶ではなく、平板状に特異に発達した結晶(図-6)の成長過程で、同様のプロセスを経てトラピッチェが形成されたものと考えられる。
今回のサンプルでは、上記1.のプロセスに相当するコア部は拡大検査にて観察されなかった。2.のプロセスでの条線部の成長については、全体的に透明度が低くクラックが集中しているため、エメラルドやルビーに見られるような条線部での樹脂状の結晶成長の痕跡などは観察されないが、場所によっては条線部から結晶部へのクラックの広がりが観察でき、樹脂状の結晶成長の一部であることが考えられる。 |
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参考文献
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