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今月の鑑別室から 2009.07.07
放射能を帯びた天然石について
(株)?全国宝石学協会 技術研究室:川野 潤(理学博士)

 放射能を帯びた天然石が存在することはよく知られており、そういった放射線が人体に与える影響や、規制の対象となる放射線の量についてのお問い合わせが当ラボにも寄せられます。ここでは、基本的な放射線の知識と、実際に宝石鉱物の放射線量を測定した例をご紹介します。

◆はじめに
 「ジェモロジィ」2002年12月号でもご紹介しているように、放射能を帯びた宝石が存在することはよく知られています。放射線は身体に影響を与える可能性があることから、このような宝石には格段の注意が払われてきましたが、実際に放射線が人体に与える影響や、規制の対象となる放射線の量などについては、一般にはあまりなじみがないようです。本稿では、放射線の基本的な話からはじめて、実際に宝石鉱物が帯びている放射能を測定した例をご紹介しましょう。
 まず、放射線はどのように測定されるかを考えてみましょう。物質が帯びている放射能を測定するための単位には、主に次の2種類のものがあります。

  Bq (ベクレル) :その試料にどれだけ放射線を発する元素が含まれているかを示す値。
  Sv (シーベルト) :人間が放射線をあびたとき、人体にどれだけ影響がでるかを示す値。

 「放射能」とは「放射線を出す能力」のことを言いますから、Bqは放射能を測っていると言えます。「原子炉等規制法」によると、人の手が加えられていない自然物に対しては、1g あたり370 Bq以上の放射能濃度があり、かつ900 g以上のものが規制の対象となり、届け出が必要とされています。一般には、このような大量の放射性物質を扱う機会はないと思われますので、注意が必要なのは、実際に放射線が実際に人体に及ぼす影響を示す放射線量(単位:Sv)のほうでしょう。この量がどのようなものかをわかりやすく示すために身近な例を挙げれば、集団検診などで胃のX線検診を受けた場合、0.6 mSv (ミリシーベルト) の放射線を受けることになります。また日常生活においても、大地や空気中にわずかに含まれる放射性物質や宇宙線、あるいは食物などから、放射線を受けています(自然放射線)。その量は場所によって異なりますが、日本では1年あたり平均約1.5 mSvの放射線を受けているとされています。さまざまな状況で受ける放射線量を表にまとめました。(表-1)
 では、どれくらいの放射線をあびると危険なのでしょうか。現在までに行われたさまざまな調査の報告によると、放射線を受けた合計が200 mSv以下の急性被ばくでは、人体への影響は確認されていません。このような結果をふまえて、「国際放射線防護委員会(ICRP)」の1990年勧告においては、一般公衆の放射線被ばくの防護規定レベルを1年間で1 mSv (mSv/年) としています(自然放射線、医療による放射線を除く)。一般に、放射線測定装置では1時間あたりの値を測定することが多いので、この値を1時間あたりの放射線量に直すと、1日(24時間)×365日= 8,760時間(h)で割ることにより、約0.114µSv/h(マイクロシーベルト:ミリシーベルトの1000分の1)となります。これは、自然の状態で放射線量を測定した場合の値(東京の場合、約0.030µSv/h程度)よりも有意に大きく、物質が帯びている放射能をチェックする場合、この値を超えないことがひとつの基準となります。
 
表-1:
さまざまな条件下で受ける放射能量(「原子力・放射線の安全確保」パンフレット(財)原子力安全技術センター)による

 さて、天然に産する鉱物の中には、放射性元素であるU (ウラン)やTh(トリウム)を含むため、放射能を帯びるものがあります。そのうち、これらの元素を微量元素としてしか含まないジルコンなどはごく微量の放射線しか発しませんが、これらを主成分として含むエカナイトやトリアナイトは、比較的強い放射能を帯びています。当ラボでは最近、図-1に示すような燐灰ウラン鉱という鉱物標本の放射線量を測定する機会を得ました。この鉱物のUを主元素として含み、紫外線下で強い蛍光を発することが知られています(図-2)。測定の結果、試料表面にて測定した場合、最も強い場所で3.2 µSv/h ( = 27.6 mSv/年)、平均 約 2.5 µSv/h ( = 21.9 mSv/年)の放射線量が検出されました。試料より10 cm 離れた場所では、0.12 ~ 0.13 µSv/h ( = 1.05 ~ 1.14 mSv/年)の放射線量になります。この標本の場合、標本より10 cmより遠くに離れていれば防護規定レベルには達しないため、適正に保管すれば、コレクターストーンとして所持したり、標本石として販売されたりすることに対して問題はないでしょう。ただし、皮膚に密着した状態では防護規定レベルを大きく超えてしまう可能性があります。すぐに身体への影響が出るレベルの放射線量ではありませんが、常時身に着けたり、長時間直接取り扱うことは避けたほうが無難です。また、燐灰ウラン鉱をはじめとして、放射線を発する天然石にはもろくて崩れやすいものが多いため(燐灰ウラン鉱は硬度が2 ~2 1/2)、破片が肌に付着したり、吸い込んだりしないように、取り扱う際には充分注意が必要です。
 一方、ジュエリーとして常時身に着けるものの場合、注意が必要なケースがあります。濃色のブルー・アパタイトのネックレスの中に、わずかに放射能を帯びるものを見かけることがあります。これらのアパタイト中には微量のThが含まれており、1ピースでは問題になるほどの放射線は発しないのですが、ネックレスとして多数個セットされている場合、全体としてICRPの防護規定をわずかに超える場合があります。これは1年間ずっと身に着けた状態で受ける放射線量であるため、実際に受ける放射線量はこれよりも少なくなると思われますが、直接肌に触れた状態で使用することを考えると注意が必要です。すべてのブルー・アパタイトがこのような量の放射線を帯びているわけではありませんが、アパタイトにもこのようなものがあることは留意しておく必要があるでしょう。
 
図-1:
燐灰ウラン鉱(自然光にて撮影)
図-2:
燐紫外線下で強い蛍光を発する燐灰ウラン鉱

 全国宝石学協会(GAAJ-ZENHOKYO)ラボラトリーでは、ICRPの防護規定レベルの微弱な放射線も測定が可能な放射線測定装置(Aloka社製シンチレーション式サーベイメータPDR-101)を用いて、お預かりした全ての商品の残留放射能を測定し、安全を確認の上、レポートの発行を行っております。


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