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今月の鑑別室から 2008.6.3
Cu(銅)を含有する“パライバ・カラー”の合成ベリル
(株)全国宝石学協会技術研究室
阿依アヒマディ(理学博士、FGA)
写真-1:
“Tairus”製合成ベリル(左より0.744, 0.277,0.274ct)

 最近、パライバ・トルマリンのような色を呈する石を鑑別する機会を得た(写真-1)。検査の結果、この石は高濃度のCu(銅)を含有した合成ベリルであることがわかった。また、その後の調査において同様の合成ベリルが、ロシアのTairus Created Gems Co.,Ltd.によって製造されていることがわかった。
以下にその背景と宝石学的特徴についてご紹介します。

 
2007年9月、バンコクのジェム&ジュエリー・ショーにおいて、Tairus Created Gems Co.,Ltd.が“合成パライバ”もしくは“パライバ色を有する合成ベリル”というコマーシャル・ネームで新商品を発表した。同社はロシアのNovosibirskを拠点とする世界で最も多くの合成石を生産する企業である(G. Choudhary et al., Winter 2007 Gems&Gemology, pp. 385-387)。
 近年、“パライバ・トルマリン”の市場での人気が高まるにつれ、代用品として同色のベリルやアパタイトなどの天然石や人工ガラスなどが用いられるようになった。今回ご紹介する“Tairus”製合成ベリルも同様な需要の背景があると思われる。
 今回鑑別する機会を得た合成ベリルはファンシー・カットが施された0.744, 0.277,0.274 ctの緑青色透明石3pcsであり(写真-1)、宝石顕微鏡による拡大検査で熱水合成法の特徴である“さざ波状”または“のこ刃状”の成長模様を容易に観察できた(写真-2)。


写真-2:
熱水合成法の特徴である“さざ波状”あるいは“のこ刃状”の成長模様

この成長構造は、同社が製造したV(バナジウム)と微量なCu(銅)で着色された合成エメラルドと同様で、不規則な粒状の境界によるものと思われる(K.Schmetzer et al., Journal of Gemmology, Vol.30, No.1/2, 2006, pp.59-74)。多色性検査では、明瞭な黄緑/緑青の2色性を示し、屈折率は1.583−1.590で、合成ベリルとしては異常に高い値を示した。従来の熱水合成エメラルド(USSR製、オーストラリアBiron製、チェコMalossi製、アメリカLinde-Regency製)やコロンビア産天然エメラルドの屈折率は、通常1.57〜1.58程度である。比重も2.74前後で、従来の合成ベリルに比較して高い値を示した。これらの原因はCuとFe(鉄)を高濃度に含有するためと考えられる。
 ハンディ・タイプの分光器では特徴的な吸収は認められず、紫外線蛍光検査では、長波・短波とも不活性であった。蛍光X線分析法による組成分析の酸化物による実測値では、ベリルの主元素であるAl(アルミニウム)、Si(珪素)のほかにTi(チタン)、V、Cr(クロム)、Fe、Ni(ニッケル)、Cuなどが検出された(ベリリウムは検出不可)。Ti、V、Cr、Niなどの元素は0.1wt%以下の低濃度を示したが、高濃度のFe(3wt%以上)とCu(7wt%以上)が含まれていることがわかった。このような高濃度のCuやFeを含有するベリルはTairus Created Gems Co.,Ltd.が1989年に設立して以来生産してきた各種合成ベリルには確認されておらず、今回初めて商品化されたものと思われる。
 紫外―可視―近赤外(200〜2700nm)分光分析において、顕著な発色遷移金属元素はFeとCuであり、370と430nmの吸収はベリル構造の八面体サイトに分布するFe3+に、650〜1200nmまでの強いバンドの吸収は四面体サイトに分布するCu2+に由来するものである。近赤外領域では、水や水酸基(OH)などによる吸収は1200〜1400nm、1836、1896、 2062、2156、2284、2460nmなどに見られる(図-1)。

図-1:
分光光度計による紫外-可視-近赤外領域の透過スペクトル測定/“Tairus”製合成ベリル

肩を持つブロードな吸収2460nm(4055cm-1)スペクトルは合成アクワマリン、ベリル、エメラルドにも検出され、コロンビア産、ブラジル産およびアフリカ産などの天然エメラルドとの識別の一助となっている。また、FTIRによる400〜5000cm-1範囲内での赤外分光スペクトルは、天然エメラルドに非常に酷似し、2200cm-1より低い領域での全体吸収と3500〜4000cm-1範囲でのブロードな吸収以外に、3220、3161、3111cm-1などのシャープな吸収線が認められる。天然エメラルドに良く見られる3240と2357cm-1を中心とした吸収スペクトルは(J. I. Koivula et al., Spring 1996 Gems&gemology, pp. 32-39)、今回のCuとFeを含有する“Tairus”製合成ベリルには認められず、その代わりに天然ベリルに見られない3220cm-1の吸収が検出された(図-2,3)。この結果は、合成ベリル鑑別の指標となりえる。

図-2:
FTIRによる赤外領域のスペクトル測定(5000〜500cm-1)/“Tairus”製合成ベリルとコロンビア産天然エメラルド
図-3:
FTIRによる赤外領域のスペクトル測定(3500〜2200cm-1)/(図‐2の拡大)



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