>>Topへ戻る >>「Research Lab. Report」タイトルリストへ戻る

Research Lab. Report 2007.11.26
天然ジョウハチドーライト
技術研究室 川野 潤(理学博士)・阿依アヒマディ(理学博士, FGA)
写真-1に見られるような無色透明の原石を検査した結果、ジョウハチドーライトJohachidolite:CaAlB3O7であることがわかった。ジョウハチドーライトは非常に珍しいホウ酸塩鉱物で、日本の鑑別機関に持ち込まれたのもおそらく初めてであると思われるので、今回はこのジョウハチドーライトについてご紹介する。

写真-1:
ミャンマー産ジョウハチドーライトの結晶原石(3.330 ct)


歴史的背景
ジョウハチドーライトは、北朝鮮の上八洞に産出することから名付けられた鉱物で(和名では上八洞石)、1942年に日本人の岩瀬栄一と斎藤信房によって初めて記載された。当初、彼らはこの鉱物の組成をH6Na2Ca3Al4F5B6O20という複雑なものであると考えたが、その後MooreとArakiは1972年の論文で、ナトリウム(Na)やフッ素(F)はインクルージョンなどの不純物によるものであると解釈し、ジョウハチドーライト自体の組成はCaAlB3O7であるとした。さらにAristarainとErdが詳細な分析を行った結果、1977年、国際鉱物学連合(IMA)によりジョウハチドーライトはCaAlB3O7の組成をもつ新鉱物として認められることとなった。
宝石としては、1999年のJournal of GemmologyにHardingらが、“Johachidolite - a new gem (ジョウハチドーライト - 新しい宝石)”として初めて報告している。それまで原石として知られていたものは無色透明から白色で1 mm未満の結晶であり、産地としても北朝鮮の上八洞のみが報告されていたが、1998年の春に英宝協ラボ(GAGTL)に初めて持ち込まれたジョウハチドーライトは、驚くべきことに14.02 ctもある淡黄色透明のカット石であった。この石は、ミャンマーで天然石として取引されたものであるが、産出が非常にまれであるため、Hardingらは合成である可能性も考慮に入れて考察を行っている。彼らはホウ素(B)を含む結晶の合成例を文献等で調べた結果、ジョウハチドーライトの合成例がないことから、このカット石は天然起源であると考えた。さらに、同じホウ素を含む宝石鉱物であるシンハライト:MgAlBO4やダンブライト:CaB2(SiO4)2、あるいはホウ素を含有するトルマリン等のモゴクでの産出状況から、この14.02 ct のジョウハチドーライトがミャンマーのモゴク産である可能性を示唆している。

ジョウハチドーライトの特徴
 今回検査する機会を得たジョウハチドーライトは、3.330 ctの結晶原石で、無色透明(褐黄色部あり)であった。ジョウハチドーライトは、初めて報告された当初から紫外線下で蛍光を示すのが特徴であるとされていたが、今回の検査においても、長波紫外線下で鮮青白色蛍光、短波紫外線下で紫色蛍光を示した。
屈折率は、今回検査した原石では約1.70程度であった。文献によれば、AristarainとErdが測定した上八洞産の原石が1.712-1.726で複屈折率が0.014、Hardingが測定したカット石が1.717-1.724で複屈折率が0.007であり、今回の原石の状態では厳密な測定が困難であることを考慮すると、これらの値とほぼ同じと見てよい。ただし、この2つの文献値においては複屈折率に若干の違いがみられるが、今回は複屈折率の測定はできなかったので、このどちらのデータに整合的であるのかは不明である。また、AristarainとErdによる上八洞の原石が弱い燐光を示すと記載されているのに対して、Hardingらの検査したカット石は燐光なしの結果となっているが、今回検査した原石も燐光を示さなかった。さらに、Hardingらの記載によると、カラーフィルターにて黄緑色を示すと報告されているが、今回の原石に関しては変化なしであった。これらの検査結果と文献値との比較を、表-1に示す。

表-1:
ジョウハチドーライトの特性

上記のような標準的な検査では鑑別が困難であったので、当該石がジョウハチドーライトであることを確定するために、ラマン分光分析、紫外-可視-近赤外分光分析、赤外分光分析、蛍光X線組成分析、およびLA-ICP-MSによる詳細な組成分析を行った。514 nmのアルゴン・イオン・レーザーを用いてラマン散乱を測定した結果、833、668、588、478、375、347、285 cm-1 にピークをもつ特徴的なラマン・スペクトルが得られた(図-1)。このうち、668 および588 cm-1にみられるピークが最も強く、そのほかのピークは比較的弱い。これはHardingらの測定結果と整合的であり、非破壊の検査においてはこれによりジョウハチドーライトであることが確定できる。

図-1:
ジョウハチドーライトのラマン・スペクトル

また、紫外-可視-近赤外分光光度計にて吸収スペクトルを測定した結果、860〜220 nmの波長範囲において、350 nm を吸収端としてそれより波長が短い範囲を吸収するほか、620および380 nm 付近にブロードな吸収が認められた(図-2)。近赤外領域においては、800〜2500 nmの波長範囲には特徴的な吸収ピークは存在しない結果となった。さらに、FT-IRにより赤外領域の分光スペクトルを測定した結果、2500 cm-1 より低い波数範囲は完全に吸収した。2500 cm-1 以の波数範囲においては、3400 cm-1 付近にブロードな吸収を伴いながら、波数が増えるにしたがって透過率が増していくようなスペクトルが得られた。

図-2:
ジョウハチドーライトの紫外-可視-近赤外分光スペクトル

 蛍光X線組成分析ではホウ素は検出できないので、主要元素としてはカルシウム(Ca)と、アルミニウム(Al)のみが検出される。また、微量元素としてケイ素(Si)および鉄(Fe)が検出された。さらに詳細な組成分析を行うために、ご依頼主の許可を得てLA-ICP-MSにより成分分析をした結果、カルシウムCa (CaO:27.22 wt%)、アルミニウムAl(Al2O3:25.09 wt)以外に蛍光X線では検出できなかったホウ素(B2O3:46.85 wt%)が主元素として検出された。これらの3種で99%以上を占めており、ジョウハチドーライトCaAlB3O7の組成にあう結果となった。それ以外に微量元素として28種類の元素が検出された。 含有量の高低順にSi (2000-4000 ppm)、Tl (190-1450 ppm)、Th (30-1590 ppm)、Mg (310-500 ppm)、Fe (210-240 ppm)、K (3-310 ppm)、Be (60-230 ppm)、Sr (110-120 ppm)、Na (76-120 ppm)、Ce (58-150 ppm)、La (50-150 ppm)、Ga (83-87 ppm)、U (0.8-61 ppm)、Nd(10-42 ppm)、P (14-28 ppm)、Ti (2-20 ppm)、 V、Zn、Y、Pr、Sm、Gd、Dy、Pbなどは15ppmまで、Mn、Zr、Eu、Biは1ppm以下であった。結晶の無色部と黄色部に有意な元素の差異が見られ、無色部にMg、Si、K、Ti、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Tl、Th、Uなどが高含有量を示し、黄色部により多くのBe、Feが含まれている。筆者らの知る限り、ジョウハチドーライトの詳細な定量組成を確かめた報告例はなく、本研究が初めてである。

 現在までのところ、日本国内においてジョウハチドーライトのカット石の流通はごく少なく、非常にまれな宝石である。ご依頼主によると、今回検査した原石はミャンマーのモゴク産であるとのことであり、モゴク産のジョウハチドーライトが新たに流通し始める可能性もある。レアストーンとして今後注目の宝石といえよう。

(参考文献)
Iwase, E. and Saito, N., 1942. Jhachidlite ? A New Mineral of Hydrous Fluoborate of Sodium, Calcium and Aluminium. Scientific Papers Ins. Physical Chemical Research, Tokyo, 39, 300-304.
Harding, A., Francis, J.G., Oldershaw, C.J.E. and Rankin, A.H., 1999. Johachidolite ? a new gem. Journal of Gemmology, 26, 324-329.
Aristarain, L, F. and Erd, R.C., 1977. Johachidolite redefined: a calcium aluminum borate. American Mineralogist, 62, 327-329.
Moore, P.B. and Araki, T., 1972. Johachidolite, CaAl[B3O7], a borate with very dense structure. Nature Phys. Sci., 240, 63-65.


Copyright ©2007 Zenhokyo Co., Ltd. All Rights Reserved.