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最近、レッド〜ピンクの天然スピネルの鑑別依頼が増加している。同系色のコランダムのほとんどは色の改善のための加熱が行われているのに対し、スピネルは非加熱であることも要因のひとつのようである。しかし、これらの中には鑑別が困難なフラックス合成スピネルがまぎれていることもあり注意が必要である。
以下にその背景と天然・合成スピネルの宝石学的特徴についてご紹介する。 スピネルの語源はラテン語のspina(小さな棘)に因んでいる。和名は尖晶石といい、どちらも尖った結晶の形に由来している。一般的なスピネルの結晶形は棘のような針状ではなく、尖端の尖った八面体である。結晶が摩耗されず美しい形のものは“エンゼル・カット”と呼ばれ、原石のまま宝飾品に利用されることがある。 広義のスピネルの化学組成はX2+Y3+2 O4で表される。Xには2価の元素であるMg、Mn、Fe、Zn、Co、Cuなどが入り、Yには3価の元素であるAl、Fe3+、Crなどが入る複雑な固溶体である。狭義のスピネルはMgAl2O4で宝石用スピネルのほとんどがこれに属する。 宝石用のスピネルには各色の変種が存在するが、概して青色系または赤色系に大別できる。これはMgの一部をFeが置換することにより青色系となり、Alの一部をCrが置換することで赤色系となるためである。 スピネルは古来より18世紀頃までは、しばしばコランダムと混同されてきた。レッド・スピネルはルビーに、ブルー・スピネルはブルー・サファイアに外観も宝石学的な特性値も近似しており、何よりも同一の産地に共生することも混同される大きな要因であった。結晶の形が完全であれば、スピネルは等軸晶系の八面体なのに対してコランダムは三方晶系の六方偏三角面体や樽型などを呈しており、両者の相違は明確である。しかし、第二次鉱床などで本来の結晶の形態を失った砂礫状であれば識別はいっそう困難となる。歴史的に英国王室の正王冠に嵌め込まれていた黒太子のルビーがスピネルであったことは有名である。 さて、最近になって、鑑別依頼でお預かりするレッド・スピネルやピンク・スピネルの数が増加している。(株)ミユキの亀山実氏によると、スピネルは最近人気があるアイテムだそうである。ルビー、サファイアのほとんどが色の改善のために加熱されているのに対して、スピネルは非加熱であることも、ナチュラル嗜好を刺激するひとつの人気の要因らしい。また、宝石ディーラーのヴェルマ・スダンシュ氏によると、ミャンマーのMogok鉱山産のレッド・スピネルはルビーのような深みのある色調で(写真-1、2)、Nam-Ya鉱山産のものはネオン・カラーの色調(写真-3)のものが多いらしい。また、これらの鉱山において赤色系のスピネルはルビーに比較してその産出量は少なく、より希少性が高いとのことである。
このようにスピネルの人気が高まり、需要が増加すると必然的に合成スピネルとの識別がクローズアップされてくる。フラックス合成スピネルは1800年代半ばに、コランダムを合成しようとして偶然につくり出されているが、1989年頃まで商業的利用はなかった。今日までフラックス合成スピネルは、ロシア製のブルーおよびレッドが市販されており、これらは宝石学的な特性値が完全に重複しており、鑑別上最も困難なアイテムの一つとなっている。 写真-4に示すのは、最近、鑑別する機会があった3.31ctのフラックス法合成レッド・スピネルである。鑑別依頼者の話ではベトナム産の天然スピネルとして取引されたらしい。 屈折率は1.715、比重は3.59であった。紫外線下では長波・短波とも鮮赤色蛍光を示した。ハンディ・タイプの分光器ではクロム・ラインが認められたが、天然レッド・スピネルに特徴的なオルガン・パイプ(複数の輝線)は見られなかった。拡大下では一見すると天然スピネルを思わせる液体様インクルージョンが認められるが、強いファイバー光源を用いて観察すると、金属フラックスであることが分かる(写真-5)。
研磨面に達しているフラックスを蛍光X線分光法で分析すると、PbとVが主体であることが分かった(図-1)。また、514nmのアルゴン・イオン・レーザーでフォト・ルミネッセンス分析を行ったところ、天然レッド・スピネルのオルガン・パイプに相当するスペクトル・パターンとは異なっていた(図-2)。
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