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Research Lab. Report 2005.05.16
加熱された合成ルビー
全国宝石学協会 技術研究室:北脇裕士(FGA, CGJ)
 最近、標準的な鑑別方法では識別が困難と思われる合成ルビーに遭遇した。これらは分析の結果、加熱が施されたラモラ・タイプのフラックス合成ルビーであることが分かった。以下にその背景と宝石学的特徴についてご紹介する。

 昨年9月の鑑別表記ルール改定に伴い、AGL(宝石鑑別団体協議会)ではコランダムの加熱について個別表示することになった。それ以前は“一般にエンハンスメントが行われています”とのコメントを備考欄等に付記して、コランダムの加熱・非加熱の鑑別は行われていなかった。したがって、AGL会員鑑別機関にとってルール改定はこれまで以上のタスクが要求される結果となっている。
 加熱されたコランダムの鑑別には詳細な内部特徴の観察が重要となる。多くの結晶インクルージョンはコランダムより低い融点のため、加熱により融解したり、変色したりする。また、液体インクルージョンは癒着し、加熱に使用される触媒等がフラクチャーに残留物として見られることがある。また、加熱により紫外−可視領域、赤外領域の分光スペクトルに変化が見られる。還元雰囲気で加熱されたブルー・サファイアには、非加熱の状態にはなかったOHに起因する吸収が加熱後に出現する。同様に加熱されたMong Hsu産ルビーには構造的に結合したOHの吸収が表れる。このようにAGLで定められた標準的な(FTIRなどの分光分析を含めた)鑑別手法においてコランダムの加熱の看破は可能であるが、場合によっては蛍光X線分析、ラマン分光分析およびレーザー・トモグラフィなどのより高度な分析手法を用いた総合判断が必要なケースがある。特にレーザー・トモグラフィでは加熱によるディスロケーションの発達や蛍光色の変化を鋭敏に捉えることができ、加熱の履歴の判断には極めて有効である。
 さて、前置きが長くなったが、コランダムの加熱は天然石に限らず合成石にも施されることがある。中でもある種の合成ルビーは、もともと識別が困難な上に加熱によって内部特徴が変化することからさらに鑑別が複雑となる。1990年代初頭、ベトナム産天然ルビーの市場への登場と同時期に、大量の加熱されたベルヌイ法合成ルビーが市場に投入された。それ以前は、ベルヌイ法といえば拡大検査でカーブ・ラインが見られるため鑑別は容易と考えられていたが、加熱が施されることによって、液体様のフェザーが入り、問題は単純ではなくなった。
 1990年代半ばには加熱されたカシャン合成ルビーが出現した。これらは得てして大粒の結晶(2〜27ct)で、国内でもかなりの量が流通したものと推測される(GEMMOLOGY 1996年11月号参照)。
 最近ではラモラ・ルビーの特徴を有する合成ルビーが加熱されており、ルビー鑑別に新たな問題を提議している。ラモラ(RamauraTM)は1983年に販売が開始されたフラックス法の合成ルビーである。販売当初は天然との識別が困難であるため、メーカー側がラモラの指標になるようにあえて合成時に希土類元素を添加したと言われている。今年になってこの識別困難なラモラ・タイプのルビーが加熱され、さらに鑑別が難しくなったものを見かけるようになった。このタイプのルビーを最初に鑑別に持ち込まれたクライアントによると、ミャンマー産の天然ルビーとしてバンコクで入手されたとのことであった。さらに他の事例においてもやはりバンコクで入手されており、おそらく原石もしくはカット石をどこからか入手してタイで加熱されたものと推定される。当研究室においてこれまでに検査したものは0.5〜1ctのルースが10pes.弱(
写真-1)と、2.5ctのリングである。

写真-1: 加熱されたラモラ・タイプの合成ルビー(0.5〜1ct)

 これらのルビーは屈折率、複屈折量、比重などの特性値は天然ルビーと完全に重複しており、識別の手がかりにはならない。紫外線蛍光検査では長波・短波とも鮮赤色を示すが、いわゆる合成ルビーを決定させる程の強さではない。拡大検査においては、いくつかのものに融解したようなオレンジ・フラックスが観察された(
写真-2、3、4)。

写真-2、3、4: 加熱されたラモラ・タイプの合成ルビーにしばしば見られる融解したようなオレンジ・フラックス

このオレンジ色のフラックスは、ラモラ・ルビーやドーロス・ルビーなどに用いられている鉛を主体とするフラックスの特徴である。しかし、特徴的なオレンジ色は地色の鮮やかな赤色に隠されて暗視野照明では観察し辛いため、強いファイバー光源での観察が必須である。このフラックスがカット面に達したものを微小領域が測定できる蛍光X線で分析すると図-1に示したように鉛(Pb)3にビスマス(Bi)がおよそ1程度の割合であった。

図-1: 蛍光X線分析装置によるフラックス・インクルージョンの分析結果

これはドーロス・ルビーよりもラモラ・ルビーに典型的なものである。同様に石全体の化学組成を分析すると、主成分のアルミニウム(Al)の他に相当量のクロム(Cr)と微量元素として、鉄(Fe)、カルシウム(Ca)、ガリウム(Ga)を含有していた。鉄の含有は紫外線蛍光の強さを抑制し、ガリウムの存在は通常天然ルビーの特徴となる。しかし、天然ルビーに一般的微量元素であるチタン(Ti)やバナジウム(V)は検出限界以下であった。したがって、組成分析における識別にも十分な解析能力が必要とされる。また、拡大下では、天然ルビーに酷似したフェザー・インクルージョン(写真-5、6)、微小インクルージョン(写真-7)、色むら(写真-8)、成長線(写真-9)なども観察されるので、識別には細心の注意が必要である。

写真-5、6: 加熱されたラモラ・タイプの合成ルビーに見られるフェザー・インクルージョン
写真-7: 加熱されたラモラ・タイプの合成ルビーに見られた天然に酷似する微小インクルージョン
写真-8: 加熱されたラモラ・タイプの合成ルビーに見られた色むら
写真-9: 加熱されたラモラ・タイプの合成ルビーに見られた成長線



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