結果及び考察
表-1の化学分析値はLA-ICP-MSによる分析結果である。イシガイ科の淡水産二枚貝のドブガイ核とシャコガイ科海水産二枚貝のシャコガイ核では貝の主成分であるCaCO3以外に、微量元素としてNa、Mg、Si、S、P、Cl、K、Mn、Fe、Ga、Sr、Baが含まれている。そのほか、超微量元素としてLi、Ti、Cr、Co、Ni、Cu、Zn、Ag、Sn、Pbが検出されている。海水産シャコガイ核に含まれるアルカリ金属類Na、K、アルカリ土類金属類Mg、Srと半金属-非金属類P、S、Cl(XRF参考)は、淡水に生息しているドブガイ核に比べて高い値を示す。一方、ドブガイ核においては、重金属であるMn、Fe、GaとSi、Baなどの濃度は海水産シャコガイ核と比べて高い傾向を示す。超微量元素Li、Ti、Ag、Snの含有量は海水産シャコガイ核が若干高めの傾向を示すが、Cr、Co、Ni、Cu、Zn、Pbなどの元素には有意な差が認められない。蛍光X線による化学組成分析では、Mnの検出は淡水産真珠や貝殻の特徴であり、海水産真珠や貝殻にはSrの含有が多いことから両者を容易に識別できるが、両元素含有量の少ない真珠や貝殻を判別する場合には、LA-ICP-MS分析によるNa、Mg、Si、Fe、Ga、Baなどが識別の指標となり得る。
図-3にLA-ICP-MS分析によるドブガイ核とシャコガイ核のSr/MgとMn/Feの化学組成比を示した。海水産シャコガイ核はMn/Feはほぼ0.1以下を示し、Sr/Mgは6.0以上の領域に分布する。これに対して淡水産ドブガイ核は高いMn/Feを示し、Sr/Mgの分布範囲はシャコガイ核よりやや低い。この分布図からドブガイ核とシャコガイ核を明瞭に区別できる。
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図-3: |
ドブガイ核とシャコガイ核及びアコヤ養殖真珠の化学組成の分布図 |
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次に、日本南西領域の愛媛県でドブガイ核を用いて養殖したアコヤ真珠と中国沿岸地域海南島のシャコガイ核から養殖したアコヤ真珠を上記両装置を用いてその真珠表層の化学組成を分析した。表-1に示したアコヤ真珠の化学分析値から分かるように、化学成分の含有量は両海水産アコヤ真珠どうしの間ではごく僅かな差しか生じない。中国産シャコガイ核を有するアコヤ真珠にSO3、Mg、Sr、Baなどの含有量がやや高い傾向が見られ、日本産ドブガイ核を含有するアコヤ真珠にはNa、Cu、Znなどがより多く検出されている。ドブガイ核やシャコガイ核と比べ、アコヤ真珠に特異な微量元素としてCuとZnが濃集している。アコヤ真珠のSr/MgとMn/Fe化学組成比率も容易に両核とは明確に区別できるが(図-3)、アコヤ真珠どうしの分布範囲はほぼ同じ領域にプロットされ、上述した両産地の微量元素の組み合わせが識別の手がかりになると思われる。
試料/成分 |
. |
淡水二枚貝ードブガイ核 |
. |
海水産二枚貝ーシャコガイ核 |
アコヤ養殖真珠ードブガイ核 |
. |
アコヤ養殖真珠ーシャコガイ核 |
主成分 wt% |
CaCO3 |
97.73-98.42 |
. |
96.14-97.40 |
96.03-96.73 |
. |
96.03-96.88 |
微量成分 ppm |
Na |
9980.75-12379.48 |
< |
17913.52-25156.12 |
20308.55-24646.05 |
≧ |
17224.87-21008.70 |
|
Mg |
255.84-324.85 |
< |
581.43-1289.61 |
855.82-967.66 |
< |
1225.82-1917.62 |
Si |
1122.34-2353.83 |
> |
724.64-1150.77 |
863.45-913.59 |
≒ |
743.21-879.39 |
Li |
0-0.11 |
< |
0.86-2.11 |
4.24-8.05 |
> |
0.69-01.53 |
SO4 |
110.23-488.29 |
< |
448.65-1082.53 |
4232.14-4661.35 |
< |
5688.84-5846.09 |
P |
36.57-55.11 |
< |
96.66-132.97 |
75.86-98.32 |
≒ |
88.25-129.50 |
Cl |
176.51-00230.34 |
< |
406.13-613.62 |
653.74-996.21 |
≒ |
524.67-1052.18 |
K |
81.32-133.59 |
< |
142.42-265.91 |
162.63-207.65 |
≒ |
147.51-261.14 |
Ti |
0.54-3.60 |
< |
1.27-22.36 |
0.10-2.17 |
≒ |
0.37-6.83 |
Cr |
2.91-5.16 |
≒ |
2.51-3.43 |
1.07-3.36 |
> |
- |
Mn |
1778.43-5839.04 |
> |
0.77-7.31 |
3.01-17.18 |
≒ |
0.10-6.83 |
Fe |
58.75-109.36 |
> |
19.60-67.75 |
48.63-60.43 |
≒ |
46.71-78.18 |
Co |
3.64-7.56 |
≒ |
3.24-3.83 |
0.84-0.97 |
≒ |
0.65-0.80 |
Ni |
5.35-10.42 |
≒ |
7.41-10.48 |
4.18-5.35 |
≒ |
3.85-4.38 |
Cu |
0.94-3.18 |
≒ |
1.29-7.19 |
48.01-192.55 |
≧ |
30.21-65.66 |
Zn |
1.36-5.37 |
≒ |
0.93-23.21 |
15.53-214.34 |
≧ |
4.94-34.54 |
Ga |
11.54-44.99 |
> |
0.72-1.28 |
0.02-0.11 |
≒ |
0-1.20 |
Sr |
1722.53-2397.78 |
< |
6420.83-8658.63 |
5435.70-6385.24 |
< |
5466.02-8320.93 |
Ag |
0.30-0.62 |
< |
0.94-1.30 |
0.77-0.86 |
≒ |
0.12-0.27 |
Sn |
1.52-2.05 |
< |
1.62-9.47 |
2.16-6.73 |
≧ |
0.87-1.46 |
Ba |
183.08-674.66 |
> |
5.97-34.97 |
2.04-3.30 |
< |
3.88-57.11 |
Pb |
0.32-2.09 |
≒ |
0.37-1.17 |
7.59-9.97 |
≒ |
3.97-11.65 |
H2O |
未計算 |
. |
未計算 |
未計算 |
. |
未計算 |
表-1: |
LA-ICP-MS,XRFによる、二枚貝殻から作りあげた真珠核及びアコヤ真珠の主元素と微量元素濃度 (wt%-ppm) |
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上記の両核を用いて養殖したアコヤ真珠について、核が真珠層内に内在していることと、真珠層と核との厚みの程度を確認するためにX線レントゲン検査を行った。写真-3はそのレントゲン写真である。両アコヤ真珠の全体はほぼ高コントラストの白色が均等に写っており、外縁部がやや暗くなっている。これは、母体の均質なCaCO3化合物の存在を意味し、外縁部領域で見える細円状の筋は、核と真珠層と境界の分布に対応している。写真左側のドブガイ核を用いたアコヤ養殖真珠の方が、右側のシャコガイ核を用いたものに比べて核の直径も真珠層の厚みも大きいことが分かる。
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写真-3: |
レントゲン写真。真珠外縁部の細円状筋は、核と真珠層と境界の分布に対応する。 |
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内在真珠核が確認できた後に、その素材を判別するために、LA-ICP-MSを用いてレーザー・ビームを真珠表面より内部に向け連続的に照射を行った。図-4及び5はレーザー照射による真珠表層から真珠核へ到達するまでの元素スペクトル図である。図-4では、アコヤ養殖真珠の真珠核から検出された淡水産ドブガイが含有するMn元素とアコヤ真珠層から検出されたSr元素のスペクトルが、図-5では、アコヤ真珠が含む海水産シャコガイ核にSrが検出されている。このようにLA-ICP-MS分析では照射したレーザーが真珠表層から内在する核まで到達することにより、核の素材分析を行うことが可能である。
このような組成分析過程において検出された化学微量元素の含有量と種類によって、真珠層及び核が湖水環境水域で形成したものか海水環境水域で形成したものかを分別することができる。
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図-4: |
LA-ICP-MSによる、アコヤ真珠から検出された淡水産ドブガイ核が含有するMn元素と真珠層が含有するSr元素のスペクトル。 |
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図-5: |
海水産シャコガイ核が含有するSr元素のスペクトル。 |
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参考文献:
月刊 Pearl News 2003、 12、 No.145.
月刊 Margarite 2004、 8、 No.153.
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