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Research Lab. Report 2004.06.25
カシミール・ルビー
技術研究室  北脇 裕士(FGA,CGJ)/阿依 アヒマディ(理学博士)/岡野  誠(CGJ)
 最近、カシミール産のルビー6ピースを検査する機会を得た。これらはすべてにブラインド状双晶面が発達しており、FTIRによる分析では1900cm-1〜2400cm-1の範囲に ダイアスポアに起因する特有の吸収が認められた。

 カシミール地域はインド大陸の北西部の位置し、1880年代以来、世界で最も有名なブルー・サファイアの産地のひとつとして知られている。上質のカシミール産サファイアは市場での評価が極めて高く、その希少性もあいまって今では伝説のサファイアになりつつある。これに対してカシミール産のルビーは残念ながらほとんどその存在が知られていない。1979年、カシミールのAZAD地域Nangimali山峰 海抜およそ4350m)で、大理石の巨礫から小粒のルビー原石が発見されたが、生産性が悪く、継続的な採掘は行われなかった(Photo-2)。
その後、AZAD KASHMIR MINERAL&INDUSTRIAL DEVELOPMENT CORPORATION(AKMDC)による調査が継続され、最近になって品質のよい大粒結晶が採掘され、年1〜2回の国内向けのオークションが行われるようになった。
Photo-1: AKMDC/(株)平野貿易提供
Photo-2: カシミール産ルビーの母岩(白色の大理石)
/(株)平野貿易提供

サンプルおよび分析方法
 1.5ct〜7.5ctの6ピース、計19.8ctのカシミール産未加熱ルビーのカット石を検査した。これらのうち5ピースはファセット・カットで1ピースがカボション・カットであった(Photo-3)。サンプルの入手には(株)平野貿易の平野 八十三氏に便宜を図っていただいた。また、同氏には現地の詳細な情報をご提供いただいた。
すべてのサンプルについて一般鑑別検査、紫外―可視分光分析、赤外分光分析、蛍光X線分析およびラマン分光分析を行った。
Photo-3: カシミール産ルビーのカット石

検査結果
<一般鑑別検査>
 屈折率、比重等の物理特性値は一般的なルビーの範疇であった。紫外線下では長波・短波とも鮮赤色を示した。拡大下では6ピースすべてにブラインド状の双晶面が見られた。これらは、r面に沿った1方向だけのものもあったが(Photo-4)、2方向がほぼ90°に交差したものも見られた。双晶面は他の産地のルビーにも珍しいものではないが、現在市場性の最も高いミャンマーのMong Hsu産にはほとんど見られないため、両者の識別の手がかりにはなると思われる。固体インクルージョンとしては自形のルチル(photo-5)、白色半透明のカルサイト(photo-6)等が見られ(これらは顕微ラマン分光で同定済み)、1ピースには、Mong Hsuルビーに一般的な絣状の微小インクルージョンが認められた。液体インクルージョンは6ピースすべてに認められた。うち1ピースにはタイ産ルビーにしばしば見られるような特徴ある平面的な形態を示していた(photo-7)。 
Photo-4: ブラインド状双晶面 Photo-5: 自形のルチル結晶
Photo-6: カルサイト結晶 Photo-7: 平面状の液体インクルージョン

◇紫外―可視分光分析
 fig.1に典型的なカシミール産ルビーの紫外−可視分光チャートを示す。860nm〜700nmにかけて吸収がなく、フラットである。これは非玄武岩起源のルビーの特徴といえる。 一般にブルー・ウィンドーと呼ばれる青色部の透過帯に対して紫外域の透過帯の透過率が低い。また、紫外域の最大透過率のピーク波長は350nm〜360nmで一般的なMong Hsu産よりやや長波長にシフトしている。
Fig.1: カシミール産ルビーの紫外−可視分光チャート

◇赤外分光分析
 fig.2に典型的なカシミール産ルビーの赤外分光チャートを示す。吸収率の程度には個体差があったが、6ピースすべてに1986cm-1, 2117cm-1, 2335cm-1, 2349cm-1の吸収が認められた。これらはダイアスポア(α-AlOOH)に起因すると考えられる。このような吸収は未加熱のMong Hsu産にもしばしば見られるが、ピークの形態は若干異なっている。
Fig.2: カシミール産ルビーの赤外分光チャート

◇蛍光X線分析
 主元素のAlOの他に天然ルビーに一般的な微量成分が検出された。TiO2とV2O5はそれぞれ200ppm〜300ppm、Cr2O3は2,000ppm〜4,000ppm、Fe2O3は100ppm前後、Ga2O3は100〜150ppm検出された。これらの微量元素の組み合わせと含有量は非玄武岩起源の天然ルビーに一般的である。

まとめ
 カシミール産未加熱ルビーを6ピース検査した。これらは大理石(結晶質石灰岩)起源であり、産出状況によっては今後の市場性が期待される。検査したすべてのルビーにブラインド状双晶面が見られ、赤外分光でダイアスポアの吸収が明瞭に認められた。これらの特徴は他の非玄武岩起源のルビーとの識別に役立つと思われる。


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