>>Topへ戻る >>「Research Lab. Report」タイトルリストへ戻る

今月の鑑別室から 2003.5.25
バリツキー博士特別講演
合成アメシストの3543cm-1吸収の研究
<Special Lecture by Dr. Balitzky,
A Study about the 3543cm-1 Absorption in Synthetic Amethysts>
技術研究室  北脇 裕士
 去る4月22日にバリツキー博士が来協され、ロシアにおける合成水晶の現状や合成アメシストの赤外吸収の研究成果についてご講演いただきました。以下にご報告致します。(photo-1)
Dr. Balitzky from Russia visited us at GAAJ on the 22nd April to give a lecture about the result of his study on infrared absorption in synthetic amethysts, as well as about present synthetic quartz in Russia. The contents of the lecture are introduced here.(photo-1)

 バリツキー博士は現在、ロシア科学アカデミー、応用鉱物研究所の所長をされています。ジェモロジストの間では、世界ではじめて商業的な方法でアメシストを合成された方として著名です。近年ではバイカラー・クォーツやピンク・クォーツの研究・開発で成果を挙げられています。全宝協との関わりも深く、近年では来日された折の講演会・研究会は恒例となりつつあります。
今回はある合成水晶メーカーに技術指導の目的で来日され、そのお忙しい合間をぬって来協いただきました。日程の調整上、一般の方々に聴講いただくことができませんでしたが、AGL会員に呼びかけたところ、8名の参加をいただきました。また、砂川一郎博士にもお忙しい日程を都合してご参加いただき、有益な助言により講演を活性化していただきました。講演の通訳は鉱物科学研究所の堀 秀道先生にお願いしました。堀先生はご存知の通り、石の名探偵として著名な方です。モスクワ大学地質学部に留学されていた経歴をお持ちで、ロシア語に堪能であるばかりでなく、以前からバリツキー博士とも親交を暖めておられます。
 今回の特別講演は、合成アメシストの鑑別特徴とされている3543cm-1の赤外吸収の研究成果を中心として、合成バイカラー・クォーツの製法など鑑別業務に携わるものにとっては特に興味深い内容でした。バリツキー博士は講演の途中途中で聴講者の質問にも丁寧に答えていただいたので、あっという間に講演予定の2時間が過ぎてしまった感じです。
以下に実際の講演順序とは多少前後しますが、内容を簡単にまとめてみたいと思います。

合成アメシスト
バリツキ−博士がはじめて合成アメシストを造られたのは1969年のことです。このときは弗化アンモニウム溶液を用いての合成でした。この方法ではc面を成長領域に選択するため、c軸方向に特有の“流れ模様”が観察されます。また、不純物としてのアルミニウムを取り込みにくいことから非常に美しいアメシスト色が得られます。弗化アンモニウムで製造されたアメシストには赤外領域に特異な吸収が現れますので、FTIRで分析すれば天然との識別は容易です。
 現在、量産に用いられているのは弗化アンモニウムではなく、K2CO3などの強アルカリ溶液で、種結晶は通常z面に平行にとられています。これはc面の領域にはアメシスト・カラーに寄与する鉄が入り難く、r面では成長速度がゆっくりでブラジル双晶が発達し易いためです。種結晶付近からドフィーネ双晶が発達すると、その部分の色が濃くなり、識別特徴になります。この量産タイプの多くには3543cm-1の赤外吸収が認められます。

マルチ・カラー・クォーツ
1994年からアメシスト−シトリン−グリーン−ブラウンなどの色の組み合わせによる2色あるいは3色のマルチ・カラーの合成水晶が製造されています。これらの色は不純物の鉄に因ります。非構造的に取り込まれたFe2+はグリーン、Fe3+はイエローを生み出し、双方が存在するとブラウンになります。また、Siと構造的に置換したFe3+が照射を受けることによりアメシスト色のカラー・センタとなります。種結晶はc軸に垂直に取られますが、成長速度と酸化状態によって各セクターの色が異なります。通常、各セクターの成長速度はc>z>rです。c面の領域は合成時の酸化状態を反映してグリーン、イエロー、ブラウンになり、zとr面の領域は照射後、アメシスト・カラーになります。このタイプのマルチ・カラーは天然の水晶にはありえないc面の成長領域を持つことが鑑別特徴になります。しかし、バリツキー博士いわく、“スペシャル・シード”を用いて特別に結晶形態をコントロールしたタイプが年間数10kg程度合成されており、こちらの鑑別は一筋縄では行かないようです。


3543cm-1吸収の研究
合成アメシストが商業ベースで供給され始めた1970年以来、その鑑別はジェモロジストにとって難題の一つになっています。近年では合成アメシストの過剰生産に加え、これらが天然石の原産地で混入されるなど、アメシストの鑑別は世界的な関心ごとになっています。内包物を有するアメシストの鑑別は容易ですが、現在市場に流通している高品質のアメシストはほとんどがフローレスです。このような場合、鑑別には双晶の有無やカラー・ゾーニングによる結晶形態の推定など結晶学的な深い知識が必要となります。以前から、アメシストの鑑別が難しいと言われ続けるゆえんです。
近年、鑑別ラボではFTIRによる赤外分光分析がアメシストの鑑別に広く利用されています。操作が簡便で多くの情報が得られるからです。これまでの研究によると、合成アメシストには天然にはない3543cm-1の赤外吸収があり、これが鑑別の重要な指針になっていました。ところが、筆者らの最近の研究によりブラジルのCaxarai鉱山産の天然アメシストにもこの3543cm-1吸収を示すものがあることが分かり、アメシストの鑑別に一石を投じることになりました(詳しくはGEMMOLOGY 2001年9月号p10-11をご覧ください)。
これをきっかけにバリツキー博士もこの赤外吸収に興味を持たれ、その原因を究明するための研究を始められました。これまでにご自身で合成されたものや他の製造者による合成アメシストを800個以上分析されたそうです。その結果、弗化アンモニウム溶液を用いた合成アメシストには照射前・照射後に関係なく、またセクターにも関係なくすべてにおいて3543cm-1吸収が出現しました。強アルカリ溶液を用いた量産タイプの合成アメシストにもほとんどに3543cm-1吸収が出現しました。この場合、照射前後あるいは方向にも関係なく強度は一定であったそうです。成長速度を変えて合成しても吸収の強度は変化しませんが、成長速度がかなり遅いと3543cm-1吸収は出現しないそうです。また、加熱(400℃以上)によってこの吸収は消滅するようです。

また、天然の水晶類の赤外分光も精力的に研究されました。例えば、ブルガリア産の熱水鉱床のアメシスト(生成温度200〜300℃)においては単結晶のカラレスおよびアメシスト色部では3543cm-1吸収が認められなかったのに対し、スモーキ色の部分では認められたそうです。筆者の経験においても産地は不明ですが、ある種のスモーキ・クォーツには3543cm-1吸収が検出されたことがあります。
このような研究結果からバリツキー博士はアメシストに見られる3543cm-1吸収は、アメシストのカラー・センタとは直接関係なくSi-OHに関連したものではないかと推定されています。そして重要なことは、天然にも3543cm-1吸収を示すものがあり、また、合成においては3543cm-1吸収を制御することもある程度可能なわけですから、3543cm-1吸収の有無のみでアメシストの鑑別を行うのは極めて危険だと締めくくられました。

photo-2: 模式図を描いて合成バイカラ−・クオーツの内部構造について議論する砂川一郎博士とバリツキー博士
photo-3: 合成バイカラ−・クォーツの原石スライスとカット石
photo-4: スライスされた各色合成水晶


Copyright ©2000-2003 Zenhokyo Co., Ltd. All Rights Reserved.