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高い濃度の水素の含有がダイヤモンドの成長メカニズムに与える影響
/センター・クロス・ダイヤモンドとH−richダイヤモンドの考察から/
1999年度宝石学会日本講演要旨


昨年、“結晶内部の不均一性の観察”で挙げたセンター・クロス・ダイヤモンドについては、その原因を単に形態的重要度の問題として説明した。しかし今回、センター・クロスを含めたミクスト・ハビット・ダイヤモンドと水素含有量の高い(H−rich)ダイヤモンドの観察を通して、水素がダイヤモンドの成長メカニズムに与える影響について考察する。

スター・ダイヤモンド
近年、テーブルのセンター付近に“クラウド状”の微小物質が凝集したダイヤモンドを見掛けることが多くなった(fig-1)。一般にこれらの微小物質は十字スターのような分布を見せるため、俗に“スター・ダイヤモンド”と呼ばれている。
この“スター・ダイヤモンド”はCLトモグラフィで、{100}セクターの美しいセンター・クロス・パターンを示すものが多い(fig-2)。ただし、微小物質の凝集がテーブル直下でない場合には、{100}と{111}セクターのミクスト・ハビットのパターンを示す(fig-3)。センター・クロス構造を詳細に見ると、微小物質は{111}セクターには分布していないことがわかる。
また、微小物質の凝集する領域の赤外スペクトルには、3108cm-1および1406cm-1付近に特徴的な吸収が見られる。これはC−HおよびN−H結合に起因すると言われる(Chrenko)。

H-richダイヤモンド
またー方で、近年になり、
Ia型の中にH-richタイプと呼ばれる異常に高い濃度の水素を含有するダイヤモンドの存在が知られるようになった。H-richダイヤモンドの地色は、紫色・青色・緑色・黄色・褐色とバラエティーがあるが、いずれも灰色みを帯びるのが特徴である(fig-4)。時に、色帯に沿って微小物質が分布するものもある。
これらの赤外スペクトルには、
IaAおよびIaBの吸収とともに、3107cm-1および1405cm-1に水素に起因する吸収が現れる。しかしCLトモグラフィでは、Ia型の典型的な特徴である{111}に平行なゾーニングはほとんど見られず、通常、不均質かつ不規則なパターンの濁った蛍光が特徴である(fig-5,6)。

六面体ダイヤモンド
ダイヤモンドの最も一般的な晶癖は八面体で、それに十二面体が次ぐことはよく知られている。少数の六面体結晶の産出もあるが、これらは外観上、白色半透明(fig-7)で、カットに供されることは少ない。また、六面体の外形をなしていても、実際には単結晶のほかに、放射状に発達した針状多結晶集合体、さらには八面体結晶コアと、それを取り巻く多数の針状結晶で構成されたコートからなる“コーテッド・ストーン”がある。コーテッド・ストーンは特にボツワナやザイールからの産出が知られるが、コア部分とコート部分のダイヤモンドは、異なる時期、異なる場所で成長したといわれ、その成因については今日まだ明らかにされていない部分も多い。しかし、多数の針状結晶の成長形は{100}と{111}のミクスト・ハビットであることがわかっている(1993年北村)。また、コート部分の赤外スペクトルには、センター・クロスあるいはH-richと同様、水素に起因する吸収が認められる(1983年Lang,1988年Navon)。

考察
基本的に、水素はダイヤモンドに普遍的な不純物であり、一つの結晶内では本質的に均質であると言われる。しかし先述のような、ある種のダイヤモンドについては高い濃度の水素の含有が認められる。特にセンター・クロス・ダイヤモンドおよびコーテッド・ダイヤモンドでは、水素は明らかに{100}セクターに関連する特定の領域に集中して含まれる。そしてこれらのCLは、水素を濃度高く含むセクターと含まないセクター間では不連続で、全く異なる結晶成長が起こったことを示唆している。
一般に、ダイヤモンドでは、{100}セクターが結晶成長の初期に現れることは珍しくないが、継続した結晶成長の中で、安定な{111}の層成長へと移行するにしたがい、次第に消失してゆくのが普通である。
一方、H-richダイヤモンドの場合、CLに見られる不規則なパターンからは成長を支配する明らかなセクターを知ることは困難であるが、少なくとも
Ia型ダイヤモンドに一般的な、{111}に平行な層成長は見られない。
これらのことから、高い濃度の水素含有が、ダイヤモンドの成長メカニズム、特に{100}面に支配された成長に大きく関与していることが考えられる。以前、センター・クロスを含むミクスト・ハビット・ダイヤモンドの出現率は、数百個に一個程度の割合と言われていた。また、H-richダイヤモンドの存在も、ごくわずかが知られているに過ぎなかった。しかし、どちらのダイヤモンドも、1980年代に入り、宝石用のカット・ダイヤモンド中で遭遇する機会が急激に増えている。これは、特に両者のダイヤモンドが多数産出されるオーストラリア・Argyle鉱山とボツワナ・Jwaneng鉱山の本格的な採掘開始の時期と一致していると言われる。事実、Argyle産ダイヤモンドのCL観察では、数個に一個の割合でミクスト・ハビット・パターンが認められ、またJwaneng産についても、全体の8%におよぶ出現率が報告されている。ちなみに、これら二鉱山は、ランプロアイト中からダイヤモンドが産出している。
今回の観察から、濃度高い水素の含有が、ダイヤモンドの成長に大きく影響を与えていることは間違いない。しかし、水素がどのような形でダイヤモンドの中に存在しているのか、またどのような環境下で取り込まれるのかなど、本質的な解明には今後の継続した研究が求められる。



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