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結晶内部の不均一性の観察
1998年宝石学会日本講演要旨

結晶モデルにおいては生前と原子が配列しているが、現実の結晶には必ず不均一性が含まれる。そして結晶の不均一性の分布状態や密度差は、成長時および成長後の履歴と密接に関係しており、その観察からさまざまな情報を得ることができる。殊に結晶成長時の環境相を反映した不均一性は、起源を知る上での大きな一助となるはずである。従来から宝石鑑別の上で、低倍率の光学顕微鏡下で捕らえられるインクルージョンあるいは成長構造、つまりマクロな不均一性の観察は、重要な課題の一つであった。しかし環境相を考察する上では、格子オーダーの不均一性までを含む、より詳細なデータを得るための手法と、それらの発生メカニズムの理解が必要となる。ここでは光学顕微鏡下で、そしてレーザー・トモグラフィあるいはカソード・ルミネッセンス法(CL法)を用いて、宝石中に観察される代表的な不均一性を例に、それぞれの成長履歴を探る。

成長縞 Growth banding
成長時の機動力と密接に関係しており、成長速度の変化に伴う欠陥や不純物密度の変動によって現れる。光学顕微鏡下で観察できる例もあるが、履歴を知る上ではさらに詳細な考察が必要とされる。

a.ダイヤモンド
天然のダイヤモンドで普遍的に観察される成長縞は、成長時の駆動力に大きく影響を受けるが、CL像では、その様子を明瞭に捕らえることができる。安定した駆動力の下では成長の遅いスムーズな界面{111}が、逆に、大きな駆動力の下では成長の速いラフな界面{100}が優勢である。天然ではこの成長速度の差によってラフな界面は消失してゆき、最終的には層成長が行われるのが普通である。Fig-1の、中心から相似形をなす直線的な成長縞は、この結晶が発生時からごく安定した駆動力に下で
層成長を続けたことを物語っている。しかし、このような例はむしろ稀で、自然界ではFig-2のように、大きな駆動力の下で成長を開始した初期段階には、ラフな界面に相当するギザギザした不規則な成長縞が、見られ、後に駆動力が安定するにしたがって層成長へと移行したことを示す、直線的な成長縞が外側に現れるのが普通である。さらにFig-3は、駆動力の暫時的な変化を示すように、層成長による成長縞と不規則な組織が交互に繰り返し出現する例もある。

b.アレキサンドライト
アレキサンドライトには天然・合成のいずれにも平行な成長縞が観察され、光学顕微鏡の下で両者に明確な差異を見いだすことは困難である。しかし、CL法では、履歴を明らかにする特徴を捕えることができる。まず天然には間隔の異なる成長縞と乱れた組織が共存する(Fig-4)。このことから、成長間で駆動力が変化したことがわかる。一方、合成では成長縞の感覚がほぼ等しく(Fig-5)、安定した環境で結晶成長が続いたことを示す。

成長分域 Growth sector
光学顕微鏡下では均質に見える結晶も、実際には成長の全過程を通して出現したそれぞれの結晶面に支配された分域(セクター)が存在する。しかし、各結晶面の形態的重要度の高い面に支配された分域が優勢であり、重要度の低い面が何らかの理由で出現することはあっても不安定で、ほとんどの場合、やがて消失してゆく。さらに、それぞれの分域ごとに成長速度が異なるために、特定の結晶面や結晶方位に不純物が選択的に取り込まれるとともに、分域境界には欠陥が集中しやすい。

a.ダイヤモンド
ダイヤモンドでは分域ごとに不純物の選択的吸着が異なるので、CLでは発光の違いとなって現れる{100}に支配された分域は、大きな駆動力下で出現するが、安定に成長することができないため、天然では途中で消えてしまうことが多い。fig-6はこのよい例で、中心に見られる“センター・クロス・パターン”は、成長初期に現れた{100}セクターと、後に成長してきた安定な{111}セクターの分域境界がある。

一方、短期間で育成される合成では、マイナーな分域さえも途中で消えずにそのまま成長してゆく。その結果それぞれの分域境界が単純な幾何学的パターンになる。Fig-7の住友工業製ダイヤモンドのCLでは、{100}および{111}セクターが中心から逆ピラミッド状をなす模式図どおりの成長分域が観察できる。また、Fig-8はロシア製ダイヤモンドのCLであるが、強いオレンジ色に発光する中心の四隅から外側に向かって伸びる{100}セクターと、発光の弱い{111}セクターの分域境界が単純なパターンとして見られる。

b.コランダム
Fig-9は天然ブルー・サファイア のレーザー・トモグラフィである。特に強い発光部分は“砂時計構造”と称される組織で、断続的な結晶成長の結果生まれた成長分域で、この領域には特に不純物が集中しているために強く発光する。ただし、光学顕微鏡による通常の拡大下でこの構造を発見することはできない。

C.エメラルド、トパーズなど各種宝石
ギザギザと折れ曲がるように伸びる成長線は、低倍率の光学顕微鏡下でさえも、多くの宝石種で観察することができる。Fig-10は、トパーズ中の例である。“鋸刃状”と称されるこの特徴的な成長線の正体も、また成長境界である。断続的な結晶成長の過程で、形態的な重要度の高い、通常であれば安定な界面が、不純物の吸着などで成長できなくなることがある。これを修復するために、重要度の低い面が一時的に現れ、その後の成長に伴い、また重要度の高い面が現れる。これが繰り返され、その時の成長分域境界が“鋸刃状”になる。先のトパーズをレーザー・トモグラフィで観察すると(Fig-11)、鋸刃状の境界から発光強度に違いがあり、それぞれが異なる分域であることが明らかになる。

セル構造 Cell structure
ある種の合成石の中で、同一方向に細長く伸びるセル状組織が観察されることがある。殊に熱水法の各種合成石には現時点まで必ず見られる組織である。エメラルドの“犬牙状”(Fig-12)やルビーの“さざなみ状”と称される成長線(セル構造を伸長方向から見たもの)やクォーツの“流れ模様”(fig-13)などがその例である。また、結晶引上げ法で合成されたルビーなどにも同様の組織が見られる(Fig-1415
しかし両者では、その発生原因が相違している。まず熱水法では、成長速度が高い一方で、溶解を受けやすいラフな面が種板として用いられることに原因する。結晶成長の初期に生じる種結晶表面の溶解により、そこに吸着した不純物からディスロケーションが発生する。それらを中心に発生した成長領域がセル構造で、上述の成長模様はこれらのセル境界である。合成水晶中にこの様子をレーザー・トモグラフィで捕らえたのがFig-16で、ディスロケーションとセルの方向が一致している。
他方、結晶引上げ法で育成された結晶は、外見的には単結晶に見えるが、実際には多数の小ブロックの集合である。これらの結晶の境界部、つまり粒界には不純物が集中する。不純物濃度が高くなれば融点が下がり、その結果、粒界付近の成長が遅れる。融液成長した合成石中のセル構造は、このようにして形成される。



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