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最近、話題となった宝石について
1988年宝石学会日本講演要旨

本年度6月に開催された「宝石学会(日本)」の講演会で、昨年話題となった“放射能を帯びたキャッツアイ”と今後業界内で問題となることが懸念される“オーバー・グロース・コランダム”について報告を行った。ここでは紙面の都合により、“放射能を帯びたキャッツアイ”についての内容を詳述する。“オーバー・グロース・コランダム”についてはGemmology1998年1月号に紹介済みである。

放射能を帯びたキャッツアイ
◆ 経緯
1997年8月28日付でバンコクのCentre of Gemstone Testing(CGT)から“放射能を帯びたキャッツアイ”に関する情報がインターネット上に発信された。インドのオリッサを起源とするクリソベリル・キャッツアイが、アジアのどこかの国において照射され、違法に市場に流通しているというものであった。9月2日には同様の内容が、タイ・バンコクの宝石ディーラーに対してファックスにより発信された。
(社)日本ジュエリー協会(通称JJA)は、10月27日付でタイとスリランカの宝石協会に対し、文書にて、放射線処理されたクリソベリル・キャッツアイの取引に反対する旨を伝えた。11月11日には共同通信社からの情報を下に各新聞紙上に“放射能キャッツアイ”に関する記事が掲載された。
12月19日にはJJAや全国宝石学協会での取材をもとにNHKがテレビニュースで報じた。
全国宝石学協会では、1997年9月以降1998年5月末までに3ピースの“放射能キャッツアイ”を確認しているが、内Tピースについて線量率測定および核種分析を、東京都立産業技術研究所放射線利用施設に依頼した。

◆ 線量率測定および核種分析
線量率測定は、電離箱式サーベイメーターを用いて10分間行った。測定結果は、サーベイメーターの実行中心5cmの距離で、8.8μSv/hの線量率を示した。この宝石を身に着けていた場合(密着の状態)、人が1日当たりに被爆する線量等量は、おおむね5.28mSvとなる。
放射性同位元素の時間経過に伴う減衰を考慮しないでこの値を評価すると、国際放射線防護委員会(ICRP)1990年勧告の公衆被爆の線量限度である実効線量―1mSv/年をはるかに超えている。宝石は身体の皮膚に密着させるため、皮膚の組織等価線量が問題になる。公衆の組織等価線量は定められていないが、職業人(放射線作業従事者)に対しては500mSv/年の値が採用されている。したがって、このキャッツアイの線量は、皮膚に対する規制値を超える恐れがある(しかし、この程度の線量では、実際には皮膚炎等の放射線障害は起きないと考えられる)。

核種分析は、Ge半導体検出器を使用して、10,000秒間γ線計測を行った。得られたγ線スペクトルを図に示す。
46Sc(半減期84日)と59Fe(半減期45日)の明瞭な光電ピークが認められ、これらが主たる放射線各種であることがわかった。また、54Mn(半減期312日)、60Co(半減期5.3年)および182Ta(半減期115日)などのピークも認められた。
これらの核種は、物質を中性子で照射したときの原子核反応(中性子捕獲反応など)で生成することはよく知られている。したがって、このキャッツアイは原子炉の中性子で照射されたものと考えられる。

◆ 中性子照射実験
クリソベリル・キャッツアイが中性子照射により、
1 どの程度色が改変されるのか
2 すべてのものが放射化するのか
を確認するために、立教大学の原子炉を用いて中性子線の照射実験を行った。条件と結果を表に示す。実験にはオリッサ産のクリソベリル・キャッツアイの入手が間に合わなかったため、市場性の高いスリランカ産を用いた。
キャッツアイの色は照射前(写真2)と照射後(写真3)では一部のものが多少褐色みが強くなる程度で、あまり変化は見られなかった。しかし、すべてのサンプルは放射化した。これは、クリソベリルには必ず相当量のFeと微量のScが含有されているためである。

これらのことから、クリソベリル・キャッツアイはげんしろで中性子線を照射しても、期待される外観の改変効果よりも放射化するリスクのほうが大きいと考えられる。したがって、今回の一連の騒ぎとなった“放射能キャッツアイ”ひ、実験的に照射されたものが違法に市場に流通したもので、今後一般的なトリートメントとしてクリソベリルが照射される可能性は低いと考えられる。
ただし、クリソベリル種以外の宝石が同様に改変効果を期待して原子炉で照射され、万一放射化してしまったものが市場に流出する潜在的な危険性は、考慮しておくべきであろう。

宝石のγ線スペクトル
中性子線照射実験結果


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