>>Topへ戻る >>「Research Lab. Report」タイトルリストへ戻る

真珠の加工キズ、その形態、構造について

1997年度宝石学会日本講演要旨

真珠の加工、とりわけ漂白工程でしばしば発生する“加工キズ”については耐久性がなく劣化が激しいことが想定され、輸出検査時においても厳しくチェックされる。そこで、加工処理によって真珠層がどの程度侵されているのか、形態的に分類し、断面観察ならびに硬度測定を行った。まず、キズの構造や発生メカニズムについてもまとめたので、以下に紹介する。

アコヤ真珠は一般に浜揚げ後、品質により選別(サイズ、巻き、形、キズ、光沢)→穿孔(片穴、両穴)→漂白→調色→研磨工程を経て製品化される。
真珠の黒みあるいはシミの原因は、主として核と真珠層の境界部に形成された有機物で、この有機物を除去するために漂白が行われる。漂白は薬品を穴口から浸透させ、有機物を酸化分解し、シミを抜く方法が取られており、薬品には水またはメタノールが希釈された過酸化水素が使用される。過酸化水素の濃度は、いずれも1〜3%の範囲で、この場合水を使用する方法を水系漂白といい、メタノールを使用する方法をメタノール漂白と呼んでいる。水系漂白は酸化力が強く、シミ抜き効果が高い方法だが、多くの酸化ガスが発生し、しばしば加工キズが発生する。一方メタノール系は反応がゆるやかで、真珠に優しい反面、シミ抜き効果は水系に劣る。そのためシミの抜けにくい珠は、途中でメタノール系から水系へ転換する場合があり、この転換時に加工キズが発生することもある。
これらの加工工程は、薬品を用いた化学反応で、数ヶ月もかかることもあるため、真珠の品質価値を高める一方、加工キズの発生などの危険性も含んでいる。

◆ 断面観察
1) うろこ
直径1mm程度のリング状の膨らみで、周縁部は中心部より暗く見える。肉眼では見つけにくいが、光透過法では見つけることができる。うろこの部分を染料で染め、中心部で切断し、断面を観察すると、うろこの周縁部、すなわちリングに相当する二つの部分のごく表層部のみが垂直方向に着色されていた。着色された部分は表面から約20μで、真珠層全体から見ると、ごく表層部がダメージを受けていることがわかる。【写真-1】

2)うろこから発生したひび
リング状のうろこから外側に向かって放射状にひびが生長している。この部分の断面を観察すると、表面から核へ向かって真珠層のほぼ中層部、約250μの深さまで垂直方向にひびが進行していた。うろこだけの場合と比べると、さらに深くまで真珠層の崩壊が広がっていることがわかる。【写真-2】

3)白濁
白濁した不透明体の部分は、全く真珠光沢を失っている。この部分の断面を透過光で観察すると、微小な隙間が幾重にも発生しているため、外部から入った光が散乱して白濁化したものと考えられる。

4)スポット(斑点)
肉眼でも容易に見つけることができ、スポットの中心部では特にひどい損傷が見られる。スポット部分の断面を透過光で観察すると、真珠層の一部が隆起して弓形の空隙が発生している。空隙は表面から約100μの深さで発生し、隙間の最大幅も、およそ100μにも及び、真珠層構造の崩壊がかなり進んでいるものと考えられる。【写真-3】

◆硬度測定
加工キズを人為的に生成し、ビッカーズ硬度計で正常部と異常部(キズの部分)をそれぞれ測定し、比較してみた。スポットや重症の白濁の発生箇所は、硬度が低下して真珠層の脆弱化を示す結果が得られた。特にスポット部分は、正常部の1/5の値を示し、著しく劣化しているのがわかる。したがって、輸出検査時に加工キズがあると不合格になるのには、以上の結果からも正当であると言える。【写真-4】

◆キズの発生メカニズム
うろこについては、以前、小松博(1989年宝石学会誌)の論文で、真珠層の膨潤収縮運動の結果生じる歪が原因と結論し、模式図で説明している。【写真-5】

1 真珠層は温度や湿度が高いと膨張し、低いと収縮する。真珠が温度や湿度などの変化を受ける場合、表層部は最も変化を受けやすく、その反面、真珠の内部では変化がゆるやかであるため、外部からの刺激の大きい真珠の表層部は最も膨潤収縮が激しく、疲労している。長期間この運動が繰り返されると、表層部と内部との刺激の伝わり方の違いや構造の違いから、真珠層の内部に歪が発生する。

2 この歪から亀裂が発生し、ひびとなる。

3 このひびは、外部からの刺激が加わるたびに広がり、膨らんでゆく。膨らみが生じるとこの両端の部分に大きなストレスが加わり、真珠層のレンガ構造が崩壊されてゆく。

4 最終的に膨らみが大きくなると両端部がストレスに耐え切5 れず、断裂して、剥離が起き、小さなキズ(窪み)となる。
このようにして、うろこは膨潤収縮の繰り返しの結果、真珠の表層部の局部に疲労が発生したため生成したものと考えられる。
次に加工の発生メカニズムを形態的に分類してみた。
真珠層の表層部に歪が発生した場合、歪の両端部にストレスが加わり、真珠層構造が破壊しうろこが発生する。

表層部の歪に、漂白で用いられるか酸化水素の酸化力が作用し、中層部まで侵されてひびや不◎ 透明化が起こる。

水系漂白では、過酸化水素の酸化反応に伴い、激しく酸素ガスが発生することから、真珠層が脆弱化したり、稜柱層や空隙層を持った真珠においては、発生した酸素ガスが真珠層内に蓄積されて破壊の原因となり、結果的にスポット、割れ、不透明層が発生する。【写真-6】

以上のことから、加工キズは真珠層表層部の歪に漂白過程で使用される薬品(過酸化水素)の悪影響が加わることで歪が増幅され、加工キズへと発展するものと考えられる。
しあkし、加工キズは外部からの刺激ばかりでなく、真珠層自体の構造、例えば核が見えるほどの薄巻き珠、あるいは稜柱層の発達した珠などに多発する傾向にもある。写真は稜柱層の発達した真珠層の断面で、Rで示した部分が真珠層である。稜柱層は水分が豊富なためしばしばわれが発生する。稜柱部分で発生したひびが表層部の真珠層まで伝播しているのがわかる。このことからも加工のみならず、真珠自体の構造(薄巻き珠、稜柱層の発達した珠)も、キズの発生原因になると言えよう。【写真-7】


Copyright ©2000-2001 Zenhokyo Co., Ltd. All Rights Reserved.