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今月の鑑別室から 1996.06
カシャン・フラックス合成ピンク・サファイア
本年2月、米国のツーソンで行われたミネラルショーで、カシャン・フラックス合成ピンク・サファイアを3ピース研究用に入手した。以下に、これらの宝石学的特徴をご紹介する。

カシャンはジェモロジストの間では、合成ルビーのメーカーとしてよく知られている。同社は1964年米国のテキサス州オースチンにArdon Industriesとして設立され、フラックス法による合成ルビーの製造を開始した。1978年にはKashan Laboratoriesと改名して生産を続けてきたが、1984年には製造を中止している。1992〜93年頃からカシャンと友好関係にあったRuyle Laboratoriesが、カシャン・ルビーの在庫を買い取り販売していたが、同時にカシャンと同じ技法を用いて独自に合成ルビーと合成ピンク・サファイアの生産を開始している。今回入手したサンプルは、このRuile Laboratoriesのブースで販売されていたものである。
 今回調査した3ピースはラウンド、オーバル、マーキーズ・ミクストカットが施されたルースで、それぞれ0.843、0.956、0.737ct であった。肉眼的にはクリーンで良質のピンク・サファイアである。屈折率、比重などの物理特性は天然石と完全に重複しており、識別の手掛かりにはならない。紫外線蛍光は長波・短波とも鮮赤色蛍光を発し、同系色の天然石と比較して同程度かやや強めの印象を持った。
拡大下では従来のカシャン・ルビーと同様なフラックス・インクルージョンとディスロケーションが認められた。従来からカシャン・ルビーの合成にはフラックスとして氷晶石 (Na3AlF6)が用いられており、これがメーカーの特徴になっている。このためフラックス・インクルージョンは“ペイント・スプラッシュ”あるいは“モカシンの足跡”と呼ばれるような特徴的な形状を示すことが知られており、今回の調査においても同様なフラックス・インクルージョンが観察された。これらをさらに高倍率で観察すると、個々は白っぽい陶器の表面がひび割れたような状態になっていることが解る(写真-1)

従来、カシャン・ルビーの特徴として“コメット(彗星)状”と呼ばれるディスロケーション(線状欠陥)が知られているが、今回のピンク・サファイアにも3ピースともに観察された。これらは一見したところ、天然サファイアに内包される微小インクルージョン(シルクが加熱により微細になったもの)に酷似しているので(写真-2)注意が必要である。 
以上、カシャン・フラックス合成ピンク・サファイアは一般鑑別において十分看破可能であるが、今後、宝石市場において遭遇する機会が増加すると思われるので、最新の情報と細心の注意が必要である。


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