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Research Lab. Report 2004.11.25
LA-ICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析)法の真珠核判別への応用
阿依 アヒマデイ(理学博士)  伊藤 映子 (FGA)
北脇 裕士 (FGA、 CGJ)  岡野 誠 (CGJ)
要旨
 LA-ICP-MS分析法を用いて淡水産二枚貝と海水産二枚貝から作られたドブガイ核、シャコガイ核を分析し、両核を用いた養殖アコヤ真珠の真珠核の素材判別を行った。蛍光X線分析による組成分析では、両種貝殻から作られた真珠核そのものの分別は容易であるが、両核を用いて養殖した真珠では、核の周囲を真珠層が覆うため、直接核を分析することは不可能である。LA-ICP-MS分析では、連続的にレーザーを照射し続けることにより、真珠層表層より順次深さ方向を分析し、内在する核の分析を行い両核の素材分析を行うことが可能である。


はじめに
 真珠養殖においては外套膜切片(ピース)の母貝への移植が必須で、ピースこそが真珠の地色や品質を大きく左右すると言われている。一方、有核養殖真珠の場合にはピースと共に移植される核(球形ビーズ)が真珠袋の形態を規定し、最終的な真珠のサイズや形状にも少なからず影響を及ぼす重要な役割を担っている。そのため、核は真円で、かつ真珠特有の加工や経年変化に耐えうる物性が求められる。
 真珠養殖用の核素材にはこれまでもガラスや大理石や珊瑚などの各種の物質が試みられたが、母貝との適合性、耐久性等の面からイシガイ科の淡水産二枚貝から製造された、通称ドブガイ核が長年使用されてきた(写真-1上)。しかし、ドブガイも資源の枯渇が危惧され、代替素材としてカキ殻をセラミック化した核などが試作されたが、いずれもドブガイ核と同等の性能は得られなかった経緯がある。
 近年、海水産のシャコガイの貝殻を原材とした核(写真-1下)が、中国産養殖真珠ならびにタヒチ産養殖真珠に使用され流通しているとの情報がある。シャコガイ核はドブガイ核に比べ破格に廉価なため、今後その使用が広がる可能性は十分にある。しかし、このシャコガイ核使用については、以下のような様々な問題をはらんでいる。
写真-1: 上:淡水産二枚貝の貝殻から作りあげた球状ドブガイ核
下:海水産二枚貝のシャコガイの貝殻から作りあげたシャコガイ核
1.ワシントン条約
 シャコガイはワシントン条約の附属書IIに属する。
したがって、輸出入時には許可証が必要となる。また、生物としてのシャコガイばかりではなく、シャコガイ核やそれを核として用いた養殖真珠も商取引上の規制対象となる。

※ワシントン条約とは:
「絶滅の危機に瀕する野生動植物の種の国際取引に関する条約」
1973年、米国・ワシントンで成立したので、通称ワシントン条約と呼ばれている。日本は1980年に批准した。また、規制対象種は
IIIIIIの3種類の附属書で規制レベルが定められている。
I. 輸入が全面的に禁止されているもの
例、ウミガメ全種
II. 輸出国政府の輸出許可書があれば輸入できるもの
例、ピンクガイ
III. 輸出国政府の輸出許可書あるいは原産地(または加工)証明書があれば輸入できるもの
例、セイウチ(カナダ)
なお、詳細は(株)JTCのウェブサイト(http://www.jtc-japan.co.jp/)をご参照下さい。
                      
2.物性面の欠点
 最も問題視されるのは、シャコガイ核はドブガイ核に比べ穿孔時に割れが発生しやすい点である。核の割れは必然的に真珠の割れへ波及する。また、薄巻きの真珠では、シャコガイ核を用いた真珠はドブガイ核を用いた真珠より割れの発生率が高いとの報告がある( Pearl News No.145)。

3.真珠核の定義
 (社)日本真珠振興会の真珠スタンダードには「貝殻真珠質又はそれと成分、比重、及び硬さを同じくする物質からなる真珠核」の使用を規定している(真珠の定義−2-1.有核養殖真珠)。しかし、ドブガイ核は真珠層構造を有するが、シャコガイ核は交差板構造で比重、硬度も貝殻真珠質とは異なるため上記の定義に反する。

 従来、ドブガイ核とシャコガイ核との識別は主に外観特徴の観察、紫外線蛍光、磁化率、磁気的異方性などに重心が置かれてきた。例えば、すでに穿孔された真珠の核鑑別については、孔口から0.1mmの紫外線ファイバーを挿入した場合、蛍光性を測定できるとの報告があり(田中、小松; 2004. 8 No.153)、無孔の真珠についても、非破壊で核を識別する磁力の差から両者を識別する計測器が最近開発されている(Camden Corporation 2003.9)。また、蛍光X線分析装置による不純物元素の測定も、海水産真珠と淡水産真珠を識別する上で重要な手がかりを与えてくれる。淡水産真珠はマンガン(Mn)元素を多く含有することから海水産真珠との識別が可能であり、同様に両核を容易に識別できる。しかし、両核を用いて養殖した真珠は、核の周りに真珠層が巻いて成長しているため、当然ながら外観での核の識別は不可能となり、蛍光X線分析装置による元素分析も素材の表面に限られるため内部の核には応用できない。
筆者らはLA(レーザー・アブレーション)-ICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析)装置を用いて両核の分析を行い、その識別が可能であるか検討を行った。LA-ICP-MS分析では、連続的にレーザーを照射し続けることにより、真珠層表層より順次深さ方向を分析し、内在する核の分析を行うことが可能である。この際、レーザー照射の痕跡は無色透明なダイヤモンドに見られるレーザー・ドリルホールとは異なり、直径数10μm程度の極めて小さな穴が真珠表層部にのみ残存する(写真-2)。したがって、視覚的に真珠の外観を損なうことはほとんどない。この手法について以下に紹介する。
写真-2: 分析に用いた真珠の表層写真、30μmのレーザースポット跡

試料及び測定方法
 本研究ではドブガイ核、シャコガイ核及びドブガイ核を含む日本海水産養殖アコヤ真珠、シャコガイ核を含む中国産海水養殖アコヤ真珠を分析対象にし、蛍光X線分析装置とLA-ICP-MS分析装置を用いて分析を行った。中国産海水養殖アコヤ真珠のサンプルは真珠科学研究所の小松 博氏にご提供いただいた。
 LA-ICP-MS分析では、NEW WAVE RESEACH社製のレーザー・アブレーション・システムを用いて、レーザー・ビーム径30μm、レーザーパルス周波数20Hz、レーザーエネルギー0.107mJ、測定時間40-120秒とし、測定回数は3回とした。

蛍光X線分析装置
 物質にX線を照射すると、この物質を構成する元素から特有の2次X線(蛍光X線)が発生する。この2次X線を調べることによって物質を構成する各々の元素の種類と含有量を調べることができる。宝石鉱物は特有の元素から構成されているため、この手法を用いて非破壊組成分析ができる(図-1)。詳細は、本誌2003年3月号と7月号ご参考ください。

レーザー・アブレーション誘導結合プラズマ質量分析装置(LA-ICP-MS)
 LA-ICP-MSとは、固体試料表面に波長の短い高エネルギーのレーザーを照射し、蒸発・飛散した粒子を更に高周波プラズマでイオン化し、その質量を分析することによって試料の構成成分の定性、定量分析を超高感度で行う手法である(図-2)。本装置の詳細は、本誌2003年11-12月号、2004年6月号をご覧ください。
図-1 蛍光X線分析装置の模式図
図-2 LA-ICP-MS分析装置の模式図

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